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お友達の作文

日豪プレスに掲載された作文です。

2017年度
2017年  8月号 
2017年  8月号 
小学2年2組 中村 然   しょうらいのゆめ
小学2年1組 叶城 帆南   しょうらいのゆめ
2016年度
2017年  2月号 
2017年  2月号 
2016年  11月号 
2016年  11月号 
2016年  8月号 
2016年  8月号 
2016年  8月号 
2016年  8月号 
2016年  5月号 
2016年  2月号 
2016年  2月号 
小学6年2組 サリバ 海斗  将来の夢
小学6年1組 池田 彪悟  日本の伝統文化について思うこと
小学4年1組 加納みなみ  「エルマーのぼうけん」を読んで
小学4年2組 福田さら  おすすめの本
小学2年2組 木下 南海  ***
小学2年2組 さの れいあ  ***
小学2年1組 わだ れおん  ***
小学2年1組 山中 さら  ***
2015年度中学三年生全員の俳句・川柳 お題「夏休み」「卒業」
小学6年2組 ポーマン杏奈  大人になって日本でやってみたいこと
小学6年1組 山川玲奈  お世話になった先生方とみなさんへ
2015年度
2015年  8月号
2015年  8月号
2015年  5月号
2015年  2月号
2015年  2月号
小学2年2組 さとう かおる  5月27日 火曜日
小学2年1組 こにし ゆうたろう  5月31日 土曜日
2014年度中学三年生全員の俳句・川柳 お題「卒業」
小学6年2組 リード 花奈子  この絵、私はこう見る。
小学6年1組 飯倉 太郎  「平和」について考える

2014年度
2014年 11月号 
2014年  8月号 
2014年  8月号 
小学4年2組 高木 海成ぼくの得意なこと
小学2年1組 さとう かおる  五月二十七日 火曜日
小学2年1組 こにし ゆうたろう  五月三十一日 土曜日

2013年度
2013年  10月号  
2013年  10月号  
2013年  8月号  
2013年  8月号 
2013年  8月号  
2013年  5月号 
2013年  1月号 
小学4年2組 山川 玲奈     「私が大きくなったら」
小学4年2組 シンプソン 幸     「ぼくが大きくなったら」
小学2年1組 レグナー エマ     「マグパイ」
小学2年1組 中え はるき     「サッカー」
小学2年1組 ランカスター ルーク   「グレートグランマ」
2012年度中学3年生    川柳 お題「卒業」
小学4年2組 オーハン  さくらわたしが大きくなったら

2012年度
2012年  10月号 
2012年  8月号 
中学2年     アダムズ 夕海沙「生きるってどんなコト?」
小学6年生  榎本 凌 「ガフールの勇者たち」を読んで

2011年度
2011年  6月号  
2011年  5月号 
2011年  4月号  
2011年  3月号 
2011年  2月号 
小学6年 内田和希     しょうぎ
小学3年 サティア セイモア     お手伝い日記
楽しかったね、二年生     
中学3年生     
小学5年    岡山 紗季子 ごみ問題について

2010年度
2010年  11月号  
2010年  10月号
2010年  9月号  
2010年  6月号  
2010年  5月号1  
2010年  5月号2  
2010年  4月号  
2010年  3月号 
2010年  2月号 
2010年  1月号  
小学2年 水上 綾     ゆめ色々
小学6年 犬飼岳良     不思議に思うこと
小学3年 手塚 茉菜      茉菜の商売
中学1 年 小形 空     私が地球にできる事
小学5年2組 湖城 陸      
小学5年2組 葛西 琴葉      
小学2年生  ランバート・ジョージ     あつい日とさむい日、どちらがすきですか
中学3年生     俳句
小学5年 稲田 奈美     夏時間のはじまり
中学2年 桑原 麻衣果     漫画も立派なお勉強!

2009年度
2009年  11月号  
2009年  10月号
2009年  9月号  
2009年  8月号 
2009年  7月号  
2009年  4月号  
2009年  3月号 
2009年  2月号 
2008年  1月号  
小2 すずき しおん   スーパー車
小6 黒田 真央      私の信条
小3 リオング エマ   手作りのオルゴール
小5 藤井 香織      「私の家族」
中1 伊藤   真里奈   私の夢
小2 ピアソン葉奈     「あみだくじでおたん生会」
小6 野際 佑衣     シドニーにいて良かったこと
中2 ベイツ 大和      死刑についてのぼくの考え
小6 高松 聡    「今までで最も楽しかった旅行」

2008年度
2008年  12月号
2008年  11月号  
2008年  10月号
2008年  9月号  
2008年  8月号 
2008年  7月号  
2008年  6月号  
2008年  5月号  
2008年  4月号  
2008年  3月号 
2008年  2月号 
小2 奥田 唯     もしもわたしが魚だったら
小4 寺島 楽     僕の家族
中3 柴田怜奈     * * * * *
小3 ロセ 龍     飲んじゃった 歯
小5 勢山 円丹      私の家族
中1 辻岡   なお      私の大切な物
中1 ビンハム 夏唯       二つの国
小2 きたむら あんな     マドレーヌ
小4 小形 空     夏休みの思い出
小5 モジャラッド セリーナ     「友達」
小2 長谷川 遼     なぞなぞ

2007年度
2007年  11月号  
2007年  10月号
2007年  9月号  
2007年  8月号 
2007年  7月号  
2007年  6月号  
2007年  4月号  
2007年  3月号 
2007年  2月号 
2007年  1月号  
中2  ハミルトン エロイズ     自分の生い立ち
小5 岡田 こうよう     ぼくのお母さん
中3 ベイツ優紀子     日本と豪州の比較
小6 中村ユリ      私は悪くない
小5 山田  雄太     ぼくの家族
小4 深田  夏未     わたしの夢
小3 小松竜之介     ありがとう
小6 中野 希美     卒業
中2 奥津 茜     五年後の私
小4   伊藤 真里奈    キャンプ

2006年度
2006年  12月号 
2006年  11月号  
2006年  10月号  
2006年  9月号  
2006年  6月号  
2006年  5月号  
2006年  4月号  
2006年  3月号(2) 
2006年  3月号(1) 
2006年  2月号  
小2 ルーン ミーガン おとなになったら
小6 奥山 洋海     私の親友
中3 鈴木美利亜     両親の愛情
小3 若松椋太     リスの商売  
小3 道明 敦    もしも、ぼくがタイムスリップしたら
小2 ヴェリン アンジェリカ  楽しかったニュース
小4 小松夏月   私のペット
中1 西脇 舞   私のさいきんの日本語
中1 大村 美緒  未来はワクワク、ドキドキ
小2 中ざわえり花   「お手紙」 

2005年度
2005年11月号  
2005年  8月号 
2005年  7月号  
2005年  4月号  
2005年  3月号 
2005年  2月号  
中2  全員  俳句・短歌 
小5 大村 徹  わたし(ぼく)と友達
小6 ハミルトン・エロイズ  私は悪くない
小5 ゴーブル舞  夏休み 
小4 稲川 碧  仲直り
中2 吉澤采里  あなたの最近一番印象に残った事は‥

2004年度
2004年11月号  
2004年10月号  
2004年  9月号 
2004年  8月号  
小3 ダービー 里有菜 パットニーパークへ行ったこと
小4 森 三奈子    
小6 藤田 恵美  20年後の私
小2 ジョーンズ チェルシー   わたしの家族
2003年度
2004年  6月号  
2004年  5月号 
2004年  5月号  
2004年  4月号  
2004年  3月号  
2004年  2月号  
2004年  1月号  
2003年12月号 
2003年11月号  
2003年10月号  
2003年  9月号 
2003年  8月号  
2003年  7月号 

小5 浅野 美貴   日本りょこう
小6 横山 舞   
小4 神代   裕樹バンドフェスティバルでほめられたこと  
小4 小林 琢磨   サッカー 
中3 長島雅姫  
中1 中村 瑞穂   将来の夢
小1 まつお あみ  
小2 こが じゅんや  あったらいいなこんなもの
小3 モンジャラッド マーシャ   おいしい物たくさんある日本
小4  ホアン リナ   ジェシー
小5 野本 衛   [ 新しい友達 ]を読んで
小6 邱 りさ   スピーチおばあちゃん
中2 石ヶ谷 優子 ほくのオレンジ色

2002年度
2003年  6月号  
2003年  5月号 
2003年  4月号  
2003年  3月号  
2003年  2月号  
2003年  1月号  
2002年12月号 
2002年11月号  
2002年10月号  
2002年  9月号 
2002年  8月号  
2002年  7月号 

小5 邱(やう) りさ   一番大切な物は、私の家族
小6 吉澤 菜里   風邪ひきさん
小4 小松 研人   弟の事件 
 中3 浅井 志緒利 
中1 奥井 美咲  
小1 きの じゅん  
小2 奥山 洋海   わたしのテニスジャンプ
小3 横山 唯   お母さんのこどものころのあそび
小4 吉田 旭   サッカーキャンプ  
小5 鹿沼 悠里凪    松下ひろさんへ
小6 村井 崇斗    スポーツデー
中2 田居 美波   私たちの春

2001年度
2002年  6月号  
2002年  5月号 
2002年  4月号  
2002年  3月号  
2002年  2月号  
2002年  1月号  
2001年12月号 
2001年11月号  
2001年10月号  
2001年  9月号 
2001年  8月号  
2001年  7月号 

小2 ふくい れいら   できるようになったこと 
小3 宮武 一河   乗馬のコンペティション 
小4 ハミルトン ポール   ぼくの庭 
中3 蘓 旭  
中1 梶原 かおり   オーストラリアで得た友情 
小1 高松 亨  
小2 新山琢磨  たのしかったこと  
小3 野本 衛  
小4 日置結以里(ひおき ゆいり)  ぎょうざ
小5 舟元次郎  僕のペット 
小6 藪内 佳奈  「南に帰る」感想文
中2 浅井志織利  日本語と私


2000年度
2001年  6月号  
2001年  5月号 
2001年  4月号  
2001年  3月号  
2001年  1月号  
2000年12月号 
2000年11月号  
2000年10月号(2)  
2000年10月号(1)  
2000年  9月号 
2000年  8月号  
2000年  7月号 

小4 西村 早人  メリ-のあかちゃん 
小2 坂田 真唯   かえる 
中3 大西 慶   急がば回れ!? 
小1 日置 たかのり  
小4 スチュアート カーラ  
小2 チャールトン ジェームス  ぼくのたんじょう日会  
小5 蘇 ひかり   地球のゴミについて 
中2 岡 あゆみ  親友 
小5  分かるかな?  ク イ ズ
小6 田居 美波  環境を守るために 
小3 大橋 礼  ぼくの犬
中1 浅井   和佳奈今、夢中になっていること

1999年度
2000年 6月号  
2000年 5月号 
2000年 4月号  
2000年 3月号  
2000年 2月号  
2000年 1月号  
1999年 12月号 
1999年 11月号  
1999年 10月号  
1999年 9月号 
1999年 8月号  
1999年 7月号 
1999年 6月号 

小1 前沢 豪祐   お手つだい 
中3 笹谷 絵美   希望 
小4 北村 エイミ    「手と心で読む」をよんで 
小1 たんどう 海  
小2 竹井 かすみ  
小1 いしばし はな  
小5 ピーズ ジェイミー   環境を守るために、ぼくができること  
小3 中村 瑞穂   魚つり  
中2 塩澤 真由美   うさぎ
小2 中野 あいら   バーベキューにいって 
小6 榎本 慎豪   僕の宝物

小4 浅野 由貴恵  妹の新しいつくえ 


2017年8月号掲載

2年2組 中村 然

    ぼくは、大きくなったらがかになりたいです。なぜかと言うとえをかくのがすきでとくいだからです。がかになるために、スケッチブックに、いつもたくさんえをかいています。じっさいにあるものをかきうつすのがすきです。がかになったら人のえをかいてあげてその人をよろこばせたいです。 これからは、にがてなえのぐできれいないろをぬれるようになりたいとおもいます。

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2017年8月号掲載

2年1組 叶城 帆南

    わたしのしょうらいのゆめは、じゅういになることです。なぜならボランティアでワイルドアニマルの世話をしている人がいました。お母さんがしんでしまったポッサムの赤ちゃんにミルクをあげたり、タオルにくるんだりしていました。ママがいないのはかわいそうでした。わたしがじゅういになったら、けがやびょうきのどうぶつたちのためにひつようなくすりやたべものをあげて、みんな元気になるようにたすけてあげたいと思います。。

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2017年2月号掲載

6年2組 サリバ 海斗

   大人になったら日本の大学に行きたいです。日本の大学に行き日本で暮らすためには、しっかりと日本語を覚える必要があります。上手に僕の友達と日本語でぺらぺらと話せるようになりたいのと、日本語で本を読んでよく意味が分かるようになりたいので、大人になったら日本で大学に行きたいです。僕の母と同じ日本語のレベルになるように日本の大学で、がんばりたいです。

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2017年2月号掲載

6年1組 池田 彪悟

   日本の伝統文化は、古いものだと六世紀から七世紀に中国か伝わってきた「能」があります。ぼくは、今まで日本の伝統文化をあまり意識した事が無かったので、ユーチューブで「能」「歌舞伎」「人形浄瑠璃」「落語」を見てみました。「能」と「歌舞伎」を見比べると「能」はすり足で舞台を動き回るけれど、「歌舞伎」はジャンプもする。静かに、物語を伝える「能」と反対に、時にはダイナミックに物語を伝える。伝統文化と一つの言葉で言うのは簡単だけれど、みんな違って面白いと思いました。

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2016年11月号掲載

4年1組 加納みなみ

   この本は主人公のエルマーがかわいそうなリュウの子を助けに行くぼうけんのお話です。筆者はやさしさと勇気があればなんでもできると言いたいのだと思います。私がこの本を読んで学んだことは、どんなにこわくてもやさしさと勇気を持って立ち向かえば出来ないことはないということです。今度もし困っている人を見たら、この本のことを思い出して助けたいと思います。

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2016年11月号掲載

4年2組 福田さら

   わたしのすきな本は「カロリーヌとゆかいな8ひき」です。「カロリーヌとゆかいな8ひき」の絵本はいっぱいあります。わたしが一番好きなお話は、「カロリーヌ海へ行く」と言うお話です。このお話のおもしろい所は、カロリーヌとゆかいな8ひきが海に入って魚たちにいたずらをされた所です。その時、くまのブムの上にくらげが乗って、ぼうしみたいでとてもおもしろかったです。絵本ですが、わたしはこのシリーズが大すきなのでおすすめします。

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2016年8月号掲載

2年2組 木下 南海

   今週まつはすごいあらしでした。わたしのいえのまわりは、すごい風と雨でした。学校のやねがとばされてしまいました。すごいこわかったです

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2016年8月号掲載

2年2組 さの れいあ

    まい週水よう日早くおきなければなりません。がっきたいのれんしゅうがあるからです。バイオリンをひきます。しきしゃの名前はローレンです。もうすぐえんそうしたいな。

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2016年8月号掲載

2年1組 わだ れおん

   日曜日かぞくでコカトゥーアイランドに、いきました。ふねにのって三十ぷんかかりました。そのふねでは二かいもありました。コカトゥーアイランドにむかしのものがいっぱいありました。そこはむかしこうじょうでふねをつくっていました。またかぞくといきたいです。おわり

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2016年8月号掲載

2年1組 山中 さら

   日曜日に、早おきをしてつりへいきました。さいしょはあじをつりました。三びきつりました。あさ日がのぼるころほかのばしょへいってつったあじをえさにして大きいさかなをつりはじめました。ところが大きいさかなはエサをたべてくれませんでした。こんどがんばります。

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2016年5月号掲載  2015年度中学三年生全員の俳句・川柳 お題「夏休み」か「卒業」
   ( )内はペンネーム

1  夏休み 海で毎日 バーべQ~ (堕天使?先輩)

2  恐ろしや 口が止まらぬ クリスマス (Noフォーリンデブ)

3  あせが出る 気持ちわるいな これが夏 (ハンサムセクシーボーイ1)

4  夜遅く きれいな花火 みてみたい (おけこっこ)

5  毎日の いつも変わらぬ 蒸し暑さ (まこと)

6  虹の色 雨の後には きれいだな (リオングエマ)

7  暑い夏 きれいな海で 水遊び (奥田唯)

8  汗にぬれ アイスを食べたら いい気持ち (ジャッキー・チェン)

9  食べて寝て あっという間に 新学期 (激おこプンプン丸)

10 朝起きて クーラーきかせて 寝転がる (林龍太郎)

11 夏休み 宿題の山 困ったな (じゃがり子)

12 寝苦しく ふとんを蹴ると いい気持ち (謎の女)

13 蝉の音 聞いてわかる 夏休み (華花鼻)

14 十年たった 後もう少し 土曜校 (ハンサムセクシーボーイ2)

15 別れの日 涙すするに 花粉舞い (かれら)

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2016年2月号掲載  大人になって日本でやってみたいこと

6年2組 ポーマン杏奈

   もし私が大人になって日本で何かをすることになったら、私はトラベル・ガイドをやってみたいと思います。 トラベル・ガイドの仕事はすごく楽しそうな仕事だと思います。日本で、きれいな場所をいろいろな人に見せるのは、楽しいと思います。

もしかしたら、英語しかしゃべられない人に通訳をできるかもしれないです。日本にはたくさん美しい建物があって、いろいろな人に見せられるのが面白いと思います。

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2016年2月号掲載  お世話になった先生方とみなさんへ

6年1組 山川玲奈

   今年の十月は、宮崎小学校に体験入学させてもらい、色々なことを経験させてもらいました。とても楽しく一週間を過ごせました。 初めてやったのは版画とミシンでした。先生とクラスメートのおかげで、どちらもこなせました。

六年五組のみなさんが、最後にメッセージカードをくださったり、その中には短い期間で一緒に作った思い出がぎっしり書かれていて、とてもうれしかったです。

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2015年8月号掲載  五月二十七日 火曜日

2年2組 さとう かおる

   きょうは、えいごの学校で休みじかんに空をとぶものをつくりました。すごくたのしかったです。でもちょっとむずかしかったです。

「じぶんがすごく高くいけるところまでなげてね。」って先生が言いました。

つくったあと、クラスのみんなでおそとへいってその空をとぶものを、わたしはどんなに高くいけるかなとなげました。そして高くとびました。とてもうれしかったです。

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2015年8月号掲載  五月三十一日 土曜日

2年1組 こにし ゆうたろう

   火よう日に、パワーハウスミュージーアムにいきました。学校のえんそくでいきました。

さいしょに、かいちゅうでんとうを見ました。いろいろありました。つぎに、き車を見ました。

三つおきゃくさんがのれるしゃりょうがありました。ひこうきも見ました。みんなチョコレートマシンにいきました。

チョコレートのあじをえらべて、そのあじのチョコレートがでてきます。小さかったです。大きいタイヤのじてん車にのりました。うちゅうせんにものりました。けむりをつかうマシンがありました。たのしかったです。

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2015年5月号掲載  2014年度中学三年生全員

俳句・川柳 お題「卒業

  • 宿題も 今となっては 良いメモリー (きおな)

  • 土曜校 短い間 ありがとう (陽太)

  • うれしいか 悲しいかはね わからない (あみたん)

  • ありがとう またこの場所で 会いましょう (夜猫)

  • これからは 土曜日いつも ニートライフ (拓海)

  • かすんだ目 前に進んでも 帰される (ビクター)

  • 朝八時 からの土曜日 何すれば (シエラ・ミケ)

  • 朝早く もう起きなくて うれしいわ (Kりさ)

  • もうすぐで 卒業式だ びっくりだ (ことは)

  • ありがとう どんな時にも 忘れない (Mr.川柳)

  • もう最後 思い出深い 土曜校 (黒竜)

  • 土曜校 これで終わりだ また会おう (りさ)

  • 卒業は 終わりじゃなくて 始まりだ (ひなた)

  • 友達よ 卒業だけど また会おうね (マデリン)

  • 伝えたいこの思いをね ありがとう (フィシングリーダー莉良)

  • 卒業後 夕日に走る 生徒たち (青春)

  • 桜の華 窓からふわり 雨のよう (空猫)

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2015年2月号掲載  この絵、私はこう見る。

6年2組 リード 花奈子

    この神様達はおこっている。ごきげんななめだ。白い神は天からやってきて、緑の神はじごくからやってきた。そして2人はたいけつのじゅんびをしている。かみなりがごろごろなっていて天気は悪くなっていっている。2人の神はどっちも強く、肉体もある。いいしょうぶになると思う。空の上で、たいことかみなりの音がなり、しょうぶは始まる。緑の神は、かみなりを使い、白い神へとおとした。

*「江戸時代の画家、俵谷 宗達の 国宝'風神雷神図'の絵を見て読み取ったこと、感じた事を表した作文」

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2015年2月号掲載  「平和」について考える

4年2組 飯倉 太郎

    平和とは、問題を暴力で解決しようとしないことです。つまり、国と国の間で問題が発生した時に、戦争ではなく話し合いをして解決する努力をすることだと考えます。そのためには、話し合いが出来るリーダーが必要であり、これが平和への第一歩です。

 テレビのニュースでは、毎日の様に中東の戦争の話をしています。中東では、戦争で物事を解決しようとしています。一時停止して話し合いをしようとしても、あまり長く続きません。すぐにまた殺し合いが始まってしまいます。

 「話し合いで解決できないから戦争が起きる。戦争が始まったら、話し合いで解決するのは不可能である。」という反論があるかもしれません。僕も、話し合いだけでは戦争は終わらないと思います。でも、話し合いが出来る指導者を作れば、戦争が減っていくのではないかと思います。そして、そのためには教育が必要です。

 例えば、僕の学校で行われている多文化教育です。学校には、色々な国から来た子供たちがいます。中国人、ロシア人、中東からの子供もいます。お互いの違いを認め合って、全員で仲良くしています。この子供達は将来、政治家や指導者になって、相手の違いを認められるようになるかもしれません。

 平和について話し合いが出来る指導者を育てること、そのためには長い時間がかかりますが、「教育」が最も大切だと、僕は思います。 。

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2014年11月号掲載  ぼくの得意なこと

4年2組 高木 海成

   ぼくには、得意なことが二つあります。

一つは、絵をかくことです。よく、エッフェルとうの絵をかきます。本物のエッフェルとうを見たいので、いつかフランスのパリへ行ってみたいです。

二つ目の得意なことは色いろな国の名前と、場所と、国きをたくさん知っていることです。はたのがらを見れば、ほとんどの国の名前が分かります。その中でむずかしい名前の国は、サウスアメリカの「アンティグア-バーブーダ」と「セントビンセント-グレナディーン」と「セントクリストファー-ネービス」です。これらの国は、小さな島国です。

世界中の国きは、いろいろなもようがあり、色もカラフルで、中には、おもしろいもようがあります。だれが、はたのもようを考えたのか、ぼくは知りたいです。

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2014年8月号掲載  五月二十七日 火曜日

2年1組 さとう かおる

   きょうは、えいごの学校で休みじかんに空をとぶものをつくりました。すごくたのしかったです。でもちょっとむずかしかったです。「じぶんがすごく高くいけるところまでなげてね。」って先生が言いました。つくったあと、クラスのみんなでおそとへいってその空をとぶものを、わたしはどんなに高くいけるかなとなげました。そして高くとびました。とてもうれしかったです。

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2014年8月号掲載  五月三十一日 土曜日

2年1組 こにし ゆうたろう

   火よう日に、パワーハウスミュージーアムにいきました。学校のえんそくでいきました。さいしょに、かいちゅうでんとうを見ました。いろいろありました。つぎに、き車を見ました。三つおきゃくさんがのれるしゃりょうがありました。ひこうきも見ました。みんなチョコレートマシンにいきました。チョコレートのあじをえらべて、そのあじのチョコレートがでてきます。小さかったです。大きいタイヤのじてん車にのりました。うちゅうせんにものりました。けむりをつかうマシンがありました。たのしかったです。

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2013年10月号掲載  「「私が大きくなったら」

4年2組 山川 玲奈

    私は大きくなったらバレリーナになりたいです。なぜならば、私はバレエをおどる事が大好きだからです。そこで、私はバレリーナになるための計画を立ててみました。

まず5年後の15さいで、私はバレエせん門の学校に通い始めます。そこでとても大へんなレッスンを受け、バレリーナになるまで練習をします。それから、バレリーナに向いているか、体もバレリーナの体にきたえられているかという事などの細かいチェックを受けます。

そして20年後の30さいで、私は世界で活やくするバレリーナになっているでしょう

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2013年10月号掲載  「ぼくが大きくなったら」

4年2組 シンプソン 幸

    ぼくが大きくなったら、本を書く人になりたいです。なぜなら、ぼくは本がだいすきで、いつも読 んでるからです。

ある日、ぼくは「本を作ろう」と思いました。ぼくの友だち、ジョッシの役はさし絵でした。一回 本を作ったら、楽しくなってもっと作りました。

一番好きな作った本は「52ストーリ木の家」です。 これからも、たくさん本を作りたいです。

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2013年8月号掲載  「マグパイ」 

小学2年1組 レグナー エマ

    マグパイという名まえのねこがいえの近くにすんでいます。まい日、わたしのいえにあそびにきま す。

マグパイは、バスルームにいって、バスタブの中であそびます。とくに、バスタブのせんが大 すきです。あとは、ベッドルームにいくとベッドにまえ足をかけて、のび上がります。

そのすがたは 、とってもかわいくて、わたしは、大すきです。

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2013年8月号掲載  「サッカー」

小学2年1組 中え はるき

    きのう、サッカーのしあいに出ました。三かいしあいがありました。さいしょのしあいはかんたんでした。ばんばんゴールをきめました。

そして、つぎのしあいは、もうちょっとむずかしかったです。でも、またかちました。ぼくは、うれしかったです。

そして、さいごのしあいは、ぼくがゴールキーパーでした。ちょっときんちょうしました。一てんゴールされました。さいごのしあいもかちました。ほ んとうにうれしかったです。

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2013年8月号掲載  「グレートグランマ」

小学2年1組 ランカスター ルーク

    ぼくの大すきなグレートグランマがなくなりました。95さいでした。

ピアノがとても上手で、いつもひいてくれました。グランマのつくるバタフライケーキも大すきでした。ぼくは、グランマがいなくなってとてもさみしいです。

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シドニー日本語土曜学校

2012年度中学3年生 川柳 お題「卒業」

(1)ここからだ 未来の一歩 踏み出そうまお
(2)土曜校 みんなの思い出 忘れないえみえみこ
(3)十年間 いつも0点 終わったな竜之介
(4)鳴り響く 校庭の鐘 最後だねりょう
(5)土曜校 おもしろかった ありがとうスンジョン
(6)卒業式 桜はないが 紅葉でタケノコ
(7)大切な ここでの思い出 忘られぬ無能人
(8)十年も この日をずっと 夢見てたネコ
(9)土曜校 漢字習った 難しいタナエ
(10)本当に やっと終わった 土曜校マジキチ
(11)五年間 本当にありがと マジ感謝銀さん
(12)卒業後 日本語たもつ それ目標ゆき3105
(13)今度から 九時まで寝れる パラダイスかたつむりん
(14)十年間 何を学んだ 忘れたよ れい

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2013年1月号掲載  わたしが大きくなったら

小4年2組 オーハン さくら

    わたしは、大きくなったら写真家になりたいです。どうしてかというと写真をとるのが好きだからです。き れいなけしきやもの、人や動物をとるのが大好きです。

 今までたくさん友だちの写真をとりました。たとえばりんごがりに友だちといったときとったものはとてもよく とれました。みんなりんごをいっぱいとったので、うれしそうでいい顔をしていました。それを見ると、わたし の心もうれしくなります。

 また、ブルーマウンテン、スリーシスターズ、ジュノーランケーブにいったときも写真をたくさんとりました。 百三十八まい写真をとりました。目のさっかくのような写真や大しぜんの美しい写真がとれました。いい 写真がとれたときはみんなにみてもらいたいです。

 そしてわたしは、人がわらっている写真やきれいな写真をとって、みんなを感動させる写真家になりた いです。

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2012年10月号掲載   「生きるってどんなコト?」

中学2年 アダムズ 夕海沙

  生きるって事は、壁にぶつかる事だと思う。
 生きるって事は、お腹をかかえて笑う事だと思う。
 生きるって事は、思いっきり泣けるって事だと思う。
 生きるって事は、人をいっぱい愛するって事だと思う。

 生きるって事は、人生に自信が無くて、命を亡くしてしまった人達のためにくじけないで前に進む事だと思う。
 人はみんな裏切られた分だけ
 強くなれる
 苦しんだ分だけ
 優しくなれる
 泣いた分だけ
 幸せになれる
 だから今、生きている事は
 決して無駄じゃないと思う。

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2012年8月号掲載    「ガフールの勇者たち」を読んで

小学6年生 榎本 凌

   「ガフールの勇者たち」は、フクロウの話です。作者は、キャスリン・ラスキーで、十五冊のシリーズです。

 このお話は、ソーレンというメンフクロウが、ひなの時に巣から落とされ、ちがう種類のフクロウにさらわれ、こじ院にやって来るところから始まります。実は、こじのフクロウがどれいみたいに働かされる悪い所で、院長が何かたくらんでいます。ソーレンは友達のジルフィーといっしょにここから脱出しようとします。

 とてもおもしろくて、いつもなにかびっくりするような事が起こります。読み始めると止まらないぐらいすごい本です。だからいつも母に早くねるようにとおこられます。みんなもぜひ読んでみてください。

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2011年6月号掲載   しょうぎ 

小学6年生 内田和希

    しょうぎとは、オーストラリアにあるチェスと似たようなゲームです。チェスとしょうぎのきょうつうてんは、相手の王様をうちとることです。

    僕が日本へりょこうに行った時、じもとの学校へ六週間かよいました。その学校には、しょうぎのボードゲームがあって、きゅうけいじかんの時、クラスにいる友だちがいつも遊んでいました。僕は最初、しょうぎはとてもむずかしいと思っていましたが、だんだんなれてきて、クラスの友だちとたいせんしたり、いろんなフォーメーションを考えたりしました。チェスのルールや、ピースのうごき方をしっていれば、しょうぎのルールとピースのうごき方をおぼえるのはかんたんだと、僕は思います。

    僕はしょうぎと言うボードゲームは、楽しくて、チャレンジングだと思いました。。

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2011年5月号掲載   ごお手伝い日記 

小学3年生 サティア セイモア

    休み中に、わたしのかぞくは、ひっこしをしました。わたしは重いものや、軽いものをはこびました。にもつをガレージとそうこと新しい家の3かしょに分けて持っていきました。家についてから、はこをかたづけたり、そうじをしたりしました。

   引き出しに、そうじきをかけたり、まどをふいたり、はこをものおきに運んだりしました。
   とてもたいへんでしたが、楽しかったです。

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楽しかったね、二年生
 
  • うんどう会がおもしろかったです。かん字もいっぱいおぼえました。ライアン

  • わたしは、土曜学校でいっぱい楽しいことをしました。かん字もおぼえました。土曜学校でならうのがすきです。 花菜

  • わたしは、毎週土曜学校でかん字をならうのがすきです。お楽しみ会もすきです。綺

  • わたしは、かん字をおぼえました。うんどう会では、わたしたち白チームがかちました。 瑠奈

  • わたしは、二年三組でかん字をいっぱいおぼえました。お楽しみ会もすきでした。先生もすきでした。マイア

  • ぼくは、二年三組でかん字をいっぱいならって楽しかったです。 たくや

  • ぼくは、いっぱいかん字をおぼえました。アレック

  • 二年三組で、かんじのかるたを作って、かん字をおぼえました。かるたをもっと作りたいです。さあら

    00

  • わたしは、うんどう会のときがすごく楽しかったです。かん字をいっぱいおぼえました。土曜校が大すきです。 あやな

  • いっぱいかん字をおぼえました。土曜日は、楽しみです。さくら

  • お兄さんたちとかん字れんしゅうをした時はとても楽しかったのでよくおぼえています。かん字かるた、ビンゴ、うんどう会も楽しかったです。せいじ

  • わたしは、かん字をたくさんおぼえました。友だちもいっぱいできました。めい

  • じゅぎょうさんかん日に、お父さんとお母さんが来てくれて、みんなでかん字大会をした時が、一番おもしろくて、楽しかったです。ラニ

  • ぼくは、土曜校に行って、かん字をいっぱいおぼえるのがすきです。土曜校は、大すきです。 ルカ

  • ぼくは、絵日記をたくさん書きました。ビンセント

  • お楽しみ会が、すきです。アネリ

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中学3年生
  1、 うちわを手に 準備ばんたん 夏の日差し (桃子)

2、 ホタル達 辺りを照らす 花火だね (尚)

3、 ぴちぴちで 良く弾むのは 走る時 (ベルモリ)

4、 ひまわりや 太陽めざして のびのびと (日本語しゃべれん外人)

5、 夏休み 僕の青春 始まるよ (白雪姫)

6、 土曜校 楽しい時間 ありがとう (なな)

7、 花火見て 祭り終わるよ 夏もかな (おかまの小人) 8、 夏祭り 手をつなぐ時 花火舞う (沙良)

9、 太陽が じりじりあつい 海景色 (夏月)

10、たんぽぽの わたげが飛び散る 朝の風 (ひまわり)

11、虫がなく 落ち葉の下で 鈴がなる(ベリー)

12、思い出は 一生消えない 宝物 (彩)

13、暑すぎて テンション下がって 最悪だ (女王様)

14、風が吹く 羽はばたかせ 太陽めざす(パックンチョ)

15、最後の日 チャイムがなったら 夏休み(エロイズ)

16、冬の風 心が寒い 恋の傷 (マコ)

17、冬の夜 ぐつぐつおでん いいにおい (りさ)

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2011年2月号掲載   ごみ問題について

小学5年生 岡山 紗季子

    私は、私たちの小さな工夫でごみを減らすことが出来ると思います。

ごみは、ほとんどが入れ物や包み紙なので、できるだけそれを少なくすればよいと思っています。例えば、スーパーに行く時、マイバッグを持っていき、スーパーの袋を使わないようにすることもできます。

私は、ごみを少しでも減らすことができるように家族で気をつけたいと思いました。

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2010年11月号掲載   ゆめ色々

小学2年生 水上 綾

    わたしのゆめは、色々あります。テニスせん手、いしゃ、マッサージし、ケーキやさんです。

    テニスせん手は、今わたしが一ばん楽しくやっているスポーツだからです。友だちや、お父さんお母さん、みんないっしょにゲームができて、おもしろいです。大人になっても、つづけていたいです。

    さっかにもなりたいです。本を読むこともすきだし、じぶんで書くこともすきです。色々なところに行けたり、空をとべたり、赤ちゃんになったり、おばあちゃんになったり色々なことを考えると、楽しいです。子どもむけの本を書きたいと思っています。

    いしゃやマッサージしにもなってみたいです。ときどきお父さんお母さん、学校の先生にマッサージをします。 「じょうずだね、たすかるよ。」といってもらえます。人によろこんでもらえることをやりたいです。

    さいごは、ケーキやさん。もちろん、毎日おいしいケーキが食べたいからです。   大人になるのが、楽しみです。

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2010年10月号掲載   不思議に思うこと

小学6年生 犬飼岳良

    僕は今までに,三回正夢を見たことがあります。それは、とても不思議な出来事でした。

    まず、最初に見た夢は、小学校三年生の時です。 テニスのキャンプに参加していた時、僕がトロフィーをもらう夢を見たのです。よく朝、母にその夢のことを話しました。 でも母は、「トロフィーは優勝した人しかもらえないから、それはおかしいわね」といいました。 ところが、その日、僕は一生けん命がんばった人におくられるトロフィーをもらったのです。  夢で見た通りのことが現実に起こったことに、とてもおどろきました。

    次に見たのは、四年生の時です。家族で魚つりにでかけた時に、僕が一番多く魚をつって、父が一匹もつれないという夢を見たのです。 そしてそれがまた現実に起こったのです。

   そして、最後に見たのは、六月のサッカーワールドカップの時のことです。ベスト16が決まったばかりのある日の夜、オランダが決勝戦にのこった夢を見ました。別にオランダを応えんしていたわけでもないのに、なぜそんな夢を見たのかとても不思議に思いました。 夢には、なぞが多くて、とてもおもしろいと思います。

    これからも、いい夢をたくさん見て、それが正夢になればいいと思います。

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2010年9月号掲載   茉菜の商売

小学3年生 手塚 茉菜

    わたしがお店を開くとしたら、ケーキやさんを開きたいです。お店の名前は、 「茉菜のケーキやさん」です。

    わたしは、お店をいなかに開きたいです。山の上に開けたらさい高です。なぜなら、ケーキのかおりが遠くの人までとどいたら、かおりにさそわれて、みんなが食べに来てくれるからです。でも、一番来てほしい人は、いなかの人です。いなかでそだてたやさい、くだものや、ぼくじょうでのしぼりだての牛にゅうを使ったらみんながよろこんで食べてくれると思います。

    かんばんは、店の前に作りたいです。かんばんは、金ぞくで作ります。金ぞくだと、すごく強い風とかがふいても、丈夫なのでこわれないのです。そうすれば、みんなにここが 「茉菜のケーキやさん」だとわかるからです。

    そのかんばんに、小さいケーキの絵や、大きいケーキの絵をいっぱいかきたいです。かんばんのはじっこにいろいろな色やおもしろいものをかけたらさい高です。かんばんを立てないといけないので、鉄でスタンドを作りたいです。鉄だったら、金ぞくと同じようにすごく丈夫なので鉄を使いたいと思います。このかんばんだとみんながここにケーキやさんがあるとわかるからです。

    ほんとうにお店ができたら、食べに来てください。

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2010年6月号掲載   私が地球にできる事

中学1年生 小形 空

    今、地球温暖化は、深刻化しています。私たち人間に、できる事はたくさんあるのになぜ地球温暖化は改善しないんでしょうか?それは、誰もちゃんとむきあおうとしないからではないでしょうか?簡単で、またとても環境にやさしい方法を紹介します。

    たとえば、部屋を出る時に、明かりを消したりつかっていないコンピューターの電源を消したり電気の節約をすることは、大切です。電気をつくるときに出る煙で空気が汚れてスモッグがおきます。動物や植物は、これによって死んでしまったり、病気になってしまいます。

    次に、紙を節約するのも大切です。一度使った紙の裏を使ったり、リサイクルに出すのもいいです。紙をむだにするという事は木の命を一つむだにしたということです。木が減ると私たち人間にも不便です。それは、木がない所がだんだん砂漠化していったり、地盤が緩んで土砂崩れが起こりやすくなります。

    これが、私の知っている私が地球に出来る事です。ためしてみてください。どんな小さい事でも地球のためならやってみてください。

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2010年5月号掲載

小学5年 湖城 陸

   五年二組は楽しい、おもしろい、元気なクラスです。友達はブラントンやマイケル、もっといます。シャテル先生は良い人です。

  五年二組はいっぱい人がいて、頭がいい人もいます。テストとプリントなどでもっと頭がよくなります。五年二組にいるのはいいです!

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2010年5月号掲載

小学5年 葛西 琴葉

   私のクラスは五年二組です。去年からの友達がたくさんいてうれしかったです。 また一年楽しく勉強できます。

 私のクラスの先生は、シャテル先生です。先生は今のところやさしいです。

 私のクラスは「なぞ」があります。それは、休み時間が終わってクラスへ行く と、一人クラスの子が消えています。また次の休み時間が終わってクラスへ行くと、二人消えています。最後は十人位になることもあります。

 その「なぞ」は、みんなスポーツへ行くからです。私もダンスのレッスンがあるけど、三時からだから消えれません。私は、五年二組が好きです。

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2010年4月号掲載

小学2年生 ランバート・ジョージ
あつい日とさむい日、どちらがすきですか

    ぼくのすんでいるシドニーは、夏はとてもあつく、冬はさむくなります。ぼくはあつい日よりも、さむい日がすきです。どうしてかというと、ぼくはスポーツがすきだからです。あつい日にスポーツをすると、フラフラになることがあります。でも、さむい日にスポーツをすると、気分がいいです。

   ぼくは、さむい冬に、ラグビーをします。ポジションは、フランカーです。みなさんは、あつい日とさむい日、どちらがすきですか。

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2010年3月号掲載

中学3年生俳句

  1. 早し みんなのことは 忘れない(L.S)

  2. うそだろう 九月の空は 赤茶色 (R.K)

  3. 春休み やっぱり今日は 昼寝かな(S.M)

  4. 出さないで 上時手じゃないし やめてくれ(H .K)

  5. 学校は やまの宿題 げんかいだ(M.T)

  6. あたたかい もうすぐ夏だ たのしみだ(なつみ)

  7. 終わったな 義務教育が 自由だな(S.M)

  8. たくさんね 遊びたいのさ 若いしね(M.O)

  9. 土曜校 今年で終わり はやいよね(N.N)

  10. あと少し あなたとすごす 時間くれ(H.O)

  11. ああ暑い 海に行きたい 夏休み(Y.B)

  12. 土曜校 ガリ勉しても 二十点(T.B)

  13. 木の芽多し 野原を歩む 帰り道(内美)

  14. 夏休み 漢字検定 がんばるぞ(R.Y)

  15. 赤い空 ユーカリの葉落ち まいおりん(K.B)

  16. 盆の夜 霊に呪われ 消えてゆく(T.T)

  17. 春がきた 土曜日学校 さようなら(S.T)

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2010年2月号掲載

小学5年 稲田 奈美
夏時間のはじまり

    今日、私は、おばあちゃんと母と妹とシティに行きました。その日は、一時間そんしてしまいました。なぜなら、私も母も、一時間時計を早くしないといけないことを、全然知らなかったからです。シティに行く電車をさがしているとき、私は時計を見て気付きました。

   今日は「ブルーマウンテン」にいくつもりでしたけれど、天気が悪かったのでやめました。私は「よかったなあ。」と思いました。なぜなら、「ブルーマウンテン」に行くよていでいたら、時間を知らずにおくれたかもしれません。

   私たちはシティについてから、レストランに行ってお昼を食べました。そしたら、みんなで図書館に行きました。私は日本の本も好きですが、英語の本ですごく読んでみたかった本があったので、その本を読みました。帰りはおばあちゃんがマフィンを買って、家に着いた時は五時半でした。私は本をいっぱい読めて、楽しかったと思います。

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2010年1月号掲載

中学2年 桑原 麻衣果
漫画も立派なお勉強!

    漫画は勉強に関係ない、日本語の勉強には役だたないという意見がありますが、私は漫画は日本語の勉強に役立つという意見に賛成です。

  漫画では日本での生活の様子や日常会話などの勉強ができます。私たちのように海外に住んでいる人には生活スタイルをまなぶことはよい勉強だと思います。私は歴史漫画で日本の歴史の流れを勉強しました。歴史漫画ではその時代の生活の様子、つかわれていた道具などが絵でわかってとても役立ちました。

   漫画では読む力がつかないという反対意見があります。私はそれに漫画は読むというのが目的ではなく、絵を見て理解するということが目的だと思っています。日本語の勉強というのは、かならずしも書くことや読むことだけではなく、日本の文化や歴史を勉強することも日本語の勉強だと思います。

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2009年11月号掲載

小2 すずき しおん
スーパー車

    ぼくは、車はかせになりたいです。

   もしぼくが車はかせになったら、ぼくはスーパー車をつくりたいです。スーパー車にひみつシリーズがついています。スーパー車は、ガソリンはいりません。だって雨の水をつかうからです。雨の水をとるために、下のほうにそうじきみたいなパイプがあって水をすうことができます。だからお金がかかりません。くうきもよごしません。きっとみんな大よろこびです。

   ぼくはほかにもいろいろなひみつシリーズをもったスーパー車をつくってみたいです。

  

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2009年10月号掲載

小6 黒田 真央
私の信条

    まず一番気をつけている私の信条は、なるべくうそを付かないことです。なぜかというと、うそをつくと相手からの信らいを失ってしまうからです。でも事実を教えた時、友達をきずつけてしまうかもしれません。つまり正直でいるということです。

  二番目は、いつでもやさしく接することです。気を付けている理由は、やはり同じ理由で、相手をきずつけてしまうからです。それに私もやさしく接してもらうとうれしいからです。

  そして最後に、相手との約束をまもる事です。理由は約束をまもることは大事なことだと思うからです。この三つが大切にしている私の信条です。

  

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2009年9月号掲載

小3 リオング エマ
手作りのオルゴール

    わたしは、ほうっかいどうの小たるのオルゴールかんで、手作りのオルゴールを作りました。

  ここでは、自分でざいりょうをえらんで、すきなように作れるところがめずらしいと思いました。

とうめいな長方形のはこの中に、クリスタルのすなはま、うさぎ、にんじんと、貝がらをボンドでつけました。オルゴールの中は、二つに分かれていて半分は、すきな  ものを入れるようになっています。

  オルゴールのねじを回すと、ラピュタのきょくがながれます。このきょくを聞くとラピュタのえい画を見たくなります。

  みなさんもオルゴールかんに行って、自分のオルゴールを作ってみてください。 。

  

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2009年8月号掲載

小5 藤井 香織
私の家族

    私は五人家族です。両親と兄と妹がいます。そして私の叔母もいっしょにすんでいます。何故なら私の妹はダウン症だからです。私の妹は、日本ではふ通の子と一緒に幼稚園に通っていて、オーストラリアに来てから病気の子が行く学校に通う事になりました。妹はとてもフレンドリーで人見知りが少なくていつも笑っています。

  私の兄はとても意地悪でとても背が高いです。私とはほぼ二十センチ程ちがいます。でも一緒に遊ぶととても楽しいです。

  私の母は、読書が大好きでひまさえあれば字が多い本をいっぱい読んで楽しんでいます。私も母が買ってくれた若草物語を読んだりしています。母が本の種類の中で一番好きなのは、怖い物シリーズです。どうして怖い本がそんなに好きなのは今になっても分かりません。

  私の父はとても面白いです。たまにとても寒いギャグを言ったりして変な空気にしてしまいます。父は機械にとても詳しくて分からない所があったら、すぐに教えてくれます。一緒にゲームやトランプもしてくれます。

  これが私の家族です。

  

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2009年7月号掲載

中1 伊藤 真里奈
私の夢

      みなさんも今までに、なにかになろうと思ったことが一どはあるはずです。いろいろな国へ行けて、あこがれのキレイな制服を着れる、スチュワーデスであったり、ボールを観客のまえでかっこよく、けることができる、サッカーの選手、ほかにも看護士、医者、学校の先生などなど色々な職業がありますよね。

   私もそのことについて考えてみました。すると、、画家、芸術家、パティシエなど色々出てきましたが、やはり私が一番なりたいものはデザイナーでした。しかし、デザイナーとひとくちにいっても、ようふく、家やインテリヤのデザイナーなど色々な分野があります。その中で私が一番なりたいのがようふくのデザイナーです。

   私がなぜデザイナーになりたいかというと私は昔から絵を書くことや図工をするのが大好きだからです。そのほかにも洋服や、アクセサリーをコーディネートするものが好きだからです。おしゃれは女の子にとってたいせつなものなので、みんなが楽しくなれるような、洋服のデザインがしたいです。

   私はデザインということばをきくと、色々なことばや絵があたまの中にうかんできます。丸、さんかく、しかくなどなど色々出てきます。私は学校の美術の授業のときや家で絵を描いているときに、頭の中でこういう言葉やイメージをえがいてみます。そうすると、いきなり、いいアイディアがいっぱいうかんできます。手芸をしているときも色々、おもしろいアイディアがうかんできます。

   ですから今の一番の目標はデザイナーになるという夢に一ぽちかづけるように、美術大学に入ることです。そして、いつか、デザインのすばらしさをみなさんに伝えていきたいと思っています。私は、この夢をあきらめずにがんばりたいです

  

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2008年12月号掲載

小2 奥田 唯
もしもわたしが魚だったら

     もしもわたしが魚だったらすいぞくかんのいるかになりたいです。もしもわたしがいるかだったら人のまえでげいをしたいです。フープをとおりぬけてボールをはなでもちあげてみたいです。はなでサッカーもしてみたいです。どうしてそんなことをやりたいかというとたのしそうだからです。

  

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2009年4月号掲載

小2 ピアソン葉奈
あみだくじでおたん生会」

     わたしは、夏休みに「あみだくじでおたん生会」という本を読みました。

 その本は、みほちゃんのおたん生会の話しです。みほちゃんは、おたん生会によぶ男子をきめるために あみだくじをしました。えらばれた人は、しずかなしらのくんと、らんぼうなまるたくんでした。  お話しに出てきた人の中ですきな人は、みほちゃんです。それは、みほちゃんがしらのくんとまるたくん がなかよしになれるようにしたからです。

 お話しで一番すきなところは、まるたくんがおたん生会に来たところです。  それは、まるたくんがしょうたいじょうをやぶいてしまったけどおたん生会に来たからです。  本を読んだ後に、まるたくんとしらのくんがなかよしになったので、わたしは心があったかくなりました。

  

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2009年3月号掲載

小6 野際 佑衣
シドニーにいて良かったこと

     私が、シドニーに住んでいて一番良かったと思う事は、日本人の友達だけではなく色々な国からの友 達が出来たことです。

私は、小学3年生のころに父の転勤でオーストラリアに来ました。そのころの私は、英語は何も知らず、 「こんにちは」「さようなら」くらいの言葉しかしゃべれませんでした。しかし、私はいきなり現地の学校へ 行くことになってしまったのです。その時、私はすごく不安でした。けれども、学校には日本人の子も何 人か通っていたのです。私は少し安心してその日本人の子たちと毎日遊んで、私の通訳などをしても らいました。

しかし、4年生のクラスがえで、私は日本人とばらばらになってしまったのです。しかし、その おかげで色々な子が私の勉強を手伝ってくれたり、一緒に遊んでくれたりしたのです。私は、その時、 色々な友達が出来たので、すごくうれしく、日本の友達に自慢したかったです。しかも、みんな色々な 国から来ていて私はびっくりしました。中国やタイ、ギリシャ、イタリアなどたくさんの国から来ていました。 日本では、なかなかできない体験ができました。

私は、オーストラリアに来られて本当に良かったと思い ます。

  

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2009年2月号掲載

中2 ベイツ 大和
死刑についてのぼくの考え

     最近インドネシアで「バリ3」の三人が死刑になった。この時、死刑に対して反対、賛成、様々な意見 が出た。今、死刑のある国は、日本、中国、インド、マレーシア、シンガポール、アメリカなど。ない国は 、イギリス、ニュージーランド、スウェーデン、そしてぼくたちの国オーストラリアなどだ。

 死刑がある事により恐怖を感じ、殺人など重い罪を少なくする可能性が少なくなるかもしれない。ま た人を殺せば、その償いとして当然という事も考えられる。

 しかし、殺人などの重罪に対しての償い方法が死刑という事であれば、これもまた殺人になるのでは ないか。オーストラリアでの最後の死刑囚は、1967年、ロナルド・ライアンで、彼を死刑にした後で、 彼は問われた罪に対して無罪だったことがわかった。もともと、ろうやに入っていた理由は、死刑にされ るべき罪ではなかったのだ。その後、オーストラリアでは、死刑をやめた。この時、一人の無罪者を殺す より、十人の有罪者をにがした方がましだという事が言われたらしい。

 ぼくは、死刑に対しては、反対意見を持っている。なぜなら、殺人であれば、犯人を死刑にしても 殺された人が生き返るわけではないし、死刑も殺人の一つだと思うからだ。

 人の命をうばったのだから、自分の命で償うべき、死刑はあるべきと言う人もいるかもしれない。  その意見も理解できるが、むしろ一生をろうやの中で、罪に対する反省をしながら改心させる事の方 が、もっと文明的な償い方ではないかと思う。多くの人が死刑に対する野蛮性を語っている。一生を、 望みのないろうやで暮らす事もかなりつらい罪の償い方法であるとぼくは思う。

  

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2009年1月号掲載

小6 高松 聡
「今までで最も楽しかった旅行」

     ぼくが今までで、一番楽しかった旅行は、日本に行った事です。

日本でいろいろなことをしました。自転車でコンビニによったり、家の近くにロックシティという場所があって、チャッツウッドショッピングセンターよりも大きいのがあります。そこは家から一分もかかりません。

その中には映画館、本屋、買い物するところ(野菜など)、ゲームセンター、スポーツセンター、とこや、ファーストフードなどありました。ぼくと兄はその日も、次の日もゲームセンターで時間を過ごしました。たまに大きいお兄ちゃんが、もう行くからって、コインを500枚ぐらいくれました。

あと、日本では登山に行きました。那須にある茶臼岳という山です。この山はまだ噴火する可能性があります。三時間ぐらいかかってはじめの場所から山を一周して、終わったら温泉に入りました。五十度ぐらいのいおうのにおいのする温泉に入りました。その日はとまりました。

本当に楽しかったです。

  

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2008年12月号掲載

小2 奥田 唯
もしもわたしが魚だったら

     もしもわたしが魚だったらすいぞくかんのいるかになりたいです。もしもわたしがいるかだったら人のまえでげいをしたいです。フープをとおりぬけてボールをはなでもちあげてみたいです。はなでサッカーもしてみたいです。どうしてそんなことをやりたいかというとたのしそうだからです。

  

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2008年11月号掲載

小4 寺島 楽
僕の家族

     ぼくの家は四人家族です。ぼくの家族は、ぼく、お母さん、お父さんそして弟のりくです。りくはぼくと六さい年令がちがいます。りくはアメリカのヒューズトンという所で生まれました。りくが生まれた事はそれまで体験してきた色いろな事の中でも一番うれしかったと今でも思っています。りくが生まれる迄はずっと一人っ子だったけれど、りくができて、遊び相手もできもっとにぎやかになりました。
     お父さんとお母さんはいつもはとてもやさしいけれど、うそをついたりけじめのない事をするときびしくおこります。二人ともいつもぼく達の事をちゃんと見ていてくれて、こわい時もあるけれどとてもかわいがってくれるので、ぼくはお父さんとお母さんの事が大好きです。
   お母さんは無理だと言いますが、ぼくはもう一人子どもを生んでほしいと思っています。

  

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2008年10月号掲載

中3 柴田怜奈
* * *

     私がオーストラリアの学校に通い始めて日本の学校と違うと思ったのは、国歌に対する姿勢でした。

   私は通っていた日本の小学校では沢山の生徒が国歌を歌えませんでした。私も小学3年生になるまで「君が代」の存在を知りませんでした。歌う機会も滅多にありませんでした。しかしここで生徒全員が国歌を歌えますし、歌う機会も多いですから国民全員が歌えるのだと思います。
    私は日本とオーストラリア、どちらの国歌に対する姿勢が良いかは決められませんが、やっぱり国歌はその名の通りその国を代表する歌なので大切にした方が良いなと思います。

  

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2008年8月号掲載

小3 ロセ 龍
飲んじゃった 歯

     今日、ぼくの六番目の歯がやっとぬけました。
   朝起きたら歯がなかったので、ふとんをすみずみ、まくらカバーの中までさがしました。でも、とうとう見つからなかったので、歯を飲みこんでしまったと思いました。ぼくは、ガッカリしました。どうしてかと言うと、歯が見つからなかったら、トゥースフェアリーからお金がもらえないからです。
    しかたがないので、お父さんとお母さんに、「トゥースフェアリーのかわりに、お金ちょうだい。」と、おねがいしました。お父さんとお母さんはわらいながらぼくに、五ドルくれました。
   ぼくは五ドルをもって、買い物に行きました。ぼくには、集めている物があります。それはNRLカードで、ラグビーリーグのせん手の写真がかいてあります。五ドルで四つ買えました。
   本当のことを言うとぼくは、トゥースフェアリーをしんじていません。でも、そう言ったらお父さんとお母さんから、お金がもらえなくなるので、それは、ぼくのひみつです。

  

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2008年8月号掲載

小5 勢山 円丹
私の家族

      わたしの家族は三人家族です。お父さんとお母さんとわたしです。
    わたしの家族は料理をするのが好きです。例えば、わたしとお父さんは、パンを作るのが好きです。わたしが材料を入れて、お父さんがこねます。
    ケーキやクッキーを焼くときは、お母さんとします。いつも、わたしのおたん生日パーティーのためにケーキとかカップケーキなどを作ります。とてもおいしいです。
   でも、一番好きなのは、バーベキューをするときです。家族みんなで作ります。いつも、ご飯を食べた後は、マシュマロをバーベキューの上で焼きます。ほんとにおいしいです。

     とても幸福な家族です。

   

  

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2008年7月号掲載

中1 辻岡 なお
夏休みの思い出

     私の大切な物は動物にたいすることです。今、私は動物にたいしてのしんぱいごとがあります。それは社会てきにも問題になっている温暖化です。理由は、北極の氷が溶けていると言う問題から、白クマやオットセイとその他の動物たちがい場所をなくしてしまうと言うことがとてもしんぱいです。南極は大陸ですが、北極は氷のかたまりですから、溶ければ体をささえる「りく」がなくなってしまいます。

   もちろん、北極海ですむ動物たちは泳ぐことはできます。けど、いつまでも泳いでいるわけにはいきません。人間と同じ権利で体を休ませねばなりません。だから死にいたる以外動物には進む道がありません。他の動物にとっても同じです。氷が溶ければ水は多くなり陸もなくなります。私にとって一番の悲しみです。

  私の一番大切な物は動物です。だから一生なくしたくありません。

   

  

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2008年6月号掲載

中1 ビンハム 夏唯
二つの国

     ぼくは、日本とオーストラリアという二つの国の中で、自分が成長している事を最近とても感じています。
   日本語補習校に行っている時や、日本人の中にいる時はたとえ英語を話していても自分の内側は、日本人の自分がいます。不思議な事に、自分が日本にいる時に自分の内側がオーストラリア人だと感じる事があります。

   それは、日本人にとってはあたりまえの日本を僕はオーストラリア人の目で見る事ができるからだと思います。

  僕は、オーストラリアと日本のハーフですが、自分ではダブルだと思っています。それは、言葉も、心の内側も、感かくも、二つの国が僕の成長にかかわっているからです。そしてそれは、僕がもらった素晴らしいプレゼントだと最近感じています。

  中学生になってから、だんだん僕の中で二つの国の中での自分の居場所わかってきたような気がします。

   

  

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2008年5月号掲載

小2 2年 きたむら あんな
マドレーヌ

      わたしの大すきなマドレーヌの作り方しょうかいします。まず、たまごのおもさをはかります。小むぎことさとうとバターも同じおもさでよういします。つぎに、たまごとさとうをあわだてます。そこにこむぎこをいれてまぜます。バターもいれてまぜます。そのつぎにスプーンでまぜたものをマドレーヌのかたにいれます。ナッツやチョコでかざります。 さいごにオーブンで15分ぐらいやきます。わたしはこのおかしを小さいときからおかあさんとつくっていました。

    おばあちゃんがおかあさんにおしえました。

    ピクニックにもっていきます。

    わたしの友だちも大すきです。

   

  

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2008年4月号掲載

小4 小形 空
夏休みの思い出

     私の夏休みの思い出は、父といろいろなことをしたことです。私たちは、二日に一回ミルソンズポイントにあるノースシドニーオリンピックプールで泳ぐ練習をするか、近くの公園で父と走るかしました。

     夏休みが始まったばかりの時、私は、父と目標を立てました。それは、夏休み中に水泳のクロールで二十五メートル泳げるようになると言うものです。私は、息つぎがまだできませんでした。

    ノースシドニーオリンピックプールには、五十メートルプール、キッズプールそして赤ちゃん用のプールがあります。外のプールは、海水なので鼻や口に水が入るととてもいたいです。中にもプールがあります。二十五メートルプールとサウナがあります。中のプールは、海水でないのでいつもそこで練習しています。

    最初は、息をしようとして顔をあげるのですぐにしずんでしまいました。二日目には、顔をあげられました。でも、まだ息つぎができないので、十五メートルぐらいでしずんでしまいます。三日目には、二日目と同じように、フォームが大丈夫なのにまだ息ができませんでした。四日目にはやっと二十五メートル泳げるようになりました。でも、右、左そして右というように交互に息つぎをするのではなく、ずっと左がわしか私は息つぎができないけれど二十五メートル泳げました。

     今度の夏休みには、二十五メートルを右、左と交互に息つぎをして泳ぎたいです。そして次に五十メートルも泳ぎたいです。

    目標がたっせいできて本当にうれしかったです。

  

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2008年3月号掲載

小5 モジャラッド セリーナ
「友達」

   私の親友の名前はタイラーです。

2年前タイラーの父の仕事の都合でアデレードにすむことになりました。

夏休みに時どきくるけど、二日ぐらいだけ私の家にとまります。

ことしイースターの休みに来たけど、いちじかんしかいませんでした。
これから、いつも親友でいたいと思います。

  

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2008年2月号掲載

小2 長谷川 遼
なぞなぞ

1. まわりが白くてまん中に黄色の目があるよ。

2. 海の中にすんでいるけど魚じゃないよ。 ほにゅうるいだよ。大きいよ。

3. 木に色々なかざりがある。

4. ちじょうから見るとおそいけど、ほんとは早いよ。 白くて大きいよ。 クリスマスにかざるもの。


  1.ひこうき 2.ゆでたまご 3.くじら 4.オーナメント

  

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2007年10月号掲載

中2  ハミルトン エロイズ
自分の生い立ち

  私は1994年1月28日に日本の東京で生まれました。私の両親はフランス人と オーストラリア人だけどお母さんの仕事のために日本で住んでいました。私は生まれた時に2才八ヶ月のお兄さんがいました。ポール兄さんは、私の事をすごくかわいがってくれました。  
  『エロイズ』と言う名前は、英語、フランス語と日本語で言えるからお父さんとお母さんは選びました。その時はしらなかったけれど『エロイズ』はドイツ語で『兵士』の意味 があります。  
  私は1才の時にオーストラリアに引越ししました。最初の4年ぐらいはメルボルンのフランスの学校に通っていました。残念ながら学生がたりなくて学校は閉めました。だからシドニーに引越ししました。そこでフランスの学校にいって、日本語の学校に通いました。ホアンリナにあってから、私の生活はもっと愉快になりました。

  

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2007年10月号掲載

小5 岡田 こうよう
ぼくのお母さん

  ぼくのお母さんは足つぼが大好き。だからぼくは毎日、足つぼを やってあげています。足つぼをやり終わると、ときどき10セントをく れます。でも一番うれしいのはお母さんが『気持ち良い』と言って くれた時です。
    ぼくのお母さんが作る料理はすごくおいしいです。だから毎日、 お母さんが料理を作る時、すごくわくわくします。特にぼくはハンバーグ が大好きなので、お母さんがハンバーグを作る時が一番わくわく します。
    ぼくはきびしいけど本当はやさしいお母さんが大好きです。だから これからも、お母さんに足つぼをたくさんしてあげていと思います。

  

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2007年9月号掲載

中6 ベイツ優紀子
日本と豪州の比較

  お母さんが日本人でお父さんがオーストラリア人。日本人とオーストラリア人の国民性の違いを時々感じる。

  例えばお母さんの知り合いの人は会うたびに「今度遊びに来てね。」というが、言うだけで本当に家に呼んでくれたことは無い。私はどうして思ってもいないことを言うのかと思う。お母さんが言うには、日本人には「本音と建前」という言葉があるそうだ。言ったことが全て本当ではないらしい。お父さんは日本人は「イエス」と言うが、本音は「ノー」の時もいっぱいある。時々考えていることが分からないと言う。 でもよく考えてみれば私は日本人とオーストラリア人の性格を両方持っている気がする。

  

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2007年8月号掲載

小6 中村ユリ
私は悪くない

 パート1
   月曜日の朝のこと。寒かったのでクラスの先生の許可をもらって、教室の中でマフラーをしていた。休み時間のあとに、校長先生が私にむかって、「ヘレン、寒いのはわかるけど、教室の中ではマフラーをしたらいけない。」と言った。担任の先生がよいと言ったのに。しかも名前もちがってるし。

 パート2
   同じ日のおひる休みのこと。バンドの練習があった。私は正しくクラリネットをふいていたのに、「そこまちがえてる。」とバンドの先生から指をさされた。もう一人同じパートをしてる人がいたのに、私だけをにらんでいた。私が口答えしないで、口をゆがめると、「笑っている場合じゃない。」とどなられた。私は悪くなかったのに。

  

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2007年7月号掲載

小5 山田 雄太
ぼくの家族

   ぼくの家族は、ぼくを入れて三人で、みんな個性的な特徴を持っています。 お父さんは、平べったい鼻と目が細い人でちょっと怖そうな感じだけどいい人 です。

   お母さんは、手が細くてうでも長い人です。その細い手から作られる料理は、 どれも最高で、ぼく自身は、高級レストランよりもおいしいと思っています。

    ぼくの特徴は、お父さんとお母さんを合体したみたいで、鼻が平べったく目が 細く、どっちかと言うとお父さん似です。休みの日には、どっかに出かけたりします。 しかし、いつも昼ご飯を、どこで食べるかでもめます。しかし、ぼくはこんな家族 が大好きです。お父さんは、家族のために働いておいしい物をたべさせてくれるし、 お母さんは、宿題を手伝ってくれたり、おいしい料理を作ってくれたり、本当にいい 家族です。僕はお父さんとお母さんの間に生まれてきて本当に良かったです。

  

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2007年6月号掲載

小4 深田  夏未
わたしの夢

   わたしの夢は、パティシェになることです。なぜなら、母がケーキを作る時に、あわ立てたり、たまごを わったりしたり、手伝うのが大好きだからです。

もし、しょう来、わたしがパテェシェになったら、いろんなお いしいケーキを作って、お客さんに『美味しい~!!』と言って食べてほしいです。

そしていつか、わたし だけのオリジナルケーキを作ってみたいです。フルーツや、きざんだチョコレートなどでかざってみたいです。

そしてみんなが大好きなケーキになってほしいです。

もしもしょう来わたしが本当にパテェシェになっていた ら、とってもうれしいです。

  

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2007年4月号掲載

小3 小松竜之介
ありがとう

   母のお母さんは、ぼくのおばあちゃんです。ぼくは、ばーばと呼んでいます。

  ぼくは、ばーばにありがとうと言いたいです。なぜかというと、日本に遊びにいった時、おいしい料理をいつも作ってくれました。

  一番好きな食べ物はカレーうどんです。どこかに出かける時は駅まで送ってくれたり、夜おそくにむかえにきてくれました。そして、日本からいつもおにもつを送ってくれます。

  だから、ばーばにありがとうと言いたいです。

  

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2007年3月号掲載

小6  中野 希美
卒業

   人間は、いつのまにかちょっとずつ成長する。私も来年とうとう中学一年生になる。
    『中学生なんだから。』母は最近私によく言う。母はその言葉を言うのがもうくせに なっているようだ。きっとその意味は、『もうちょっと大人になれ』と言う意味だと私は思う。
    私が小学生だったころ、いつもまわりの人をこわがり、母の後ろに逃げていた。私はい つも母の助けをもとめていた。そして母もいつも助けてくれた。
    私はもう母に助けをもとめない。私はいま私が母を助けるばんだと思う。そして母を いっぱい助けたい。それと、私はもう人をこわがらずに、たくさんの人と友達になり、いっぱい、 いっぱい、いろんなことを話したい。
    私は小さいころの自分を卒業して、りっぱな大人になりたい。

  

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2007年2月号掲載

中2 奥津 茜
五年後の私

    五年後、私は十九才です。その時、多分私は日本に住んでいると思います。そして、日本の大学に 行っているはずです。成績はトップだといいなとは思いますが、多分それはありえないでしょう。バレエは、 きっと五年後でも、日本で続けているはずです。そして今よりも、すごく上手になっているといいなと思い ます。

   友達は、五年間の間にたくさん増えているといいなと思うけれど、今の友達とも、メールなどでまだ つながっているといいなと思います。きっと五年後には、今の友達は色々な所にちらばっていて、会うのは 難しくなって入ると思うけれど、それでもすこしはつながっているといいなと思います。

   私は今はまだ将来何をしたいか、というのは考え中で、まだ決めていないれど、五年後はいやでも絶対 にきめなくてはいけないので、きっと決めて、準備を始めていると思います。

   五年後について、色々想像しましたが、多分、五年後は今考えているよりも、あっというまに過ぎてしまう と思います。そして、大きい変化はあんまりないんじゃないかなとも思います。五年後どうなっているかは 結局わからないけれど、今想像した事は、本当になっているといいなと思います。

  

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2007年1月号掲載

小4  伊藤 真里奈
おとなになったら

   夏休みに四家族一緒にキャンプへ行きました。
   キャンプじょうに三ぱくとまりました。まずついてからテントをはるのに時間がかかり、その後川でつりをしに行きました。私は三びき魚をつりましたが小さかったのでにがしてあげました。キャンプじょうでは午前中毎朝サーフィンをしに海へ出かけました。波が高くて楽しかったです。キャンプサイトではスイカわりもしました。割れたスイカをみんなで食べておいしかったです。夜はきもだめしや花火をしました。野外スクリーンでは映画も見ました。
   とても楽しい四日間でした。テントの中はふつうの家とちがい、テレビもなく、せんぷうきもないけれど、楽しいことがいっぱいの四日間でした。またぜひ行きたいと思います。

  

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2006年12月号掲載

小2  ルーン ミーガン
キャンプ

   夏休みに四家族一緒にキャンプへ行きました。  キャンプじょうに三ぱくとまりました。まずついてからテントをはるのに時間が かかり、その後川でつりをしに行きました。私は三びき魚をつりましたが小さ かったのでにがしてあげました。キャンプじょうでは午前中毎朝サーフィンをし に海へ出かけました。波が高くて楽しかったです。キャンプサイトではスイカ わりもしました。割れたスイカをみんなで食べておいしかったです。夜はきも だめしや花火をしました。野外スクリーンでは映画も見ました。  とても楽しい四日間でした。テントの中はふつうの家とちがい、テレビもなく、 せんぷうきもないけれど、楽しいことがいっぱいの四日間でした。またぜひ行き たいと思います。

  

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2006年11月号掲載

小6 奥山 洋海
私の親友

   今日は私の一番の親友を、みなさんにしょうかいしたいと思います。
   私の親友は、マデリン・リチャードソンといいます。けれど、みんなはマデリンをモグとよんでいます。モグは、とてもしずかですけれど、いつもやさしくて、おもしろいです。
   私たちは、2000年のキンディーの時にであって、今でもまだずっと友達でいます。モグは私が元気がないと、いつも笑わせて、元気をださせてくれます。ですから毎日学校の友達といっしょにモグと私はふざけて、笑っています。ときどき、モグがとても変なことを言うと、私は笑いすぎて泣いてしまいます。それを見たほかの友達も、みんな笑い始めます。それが毎日の楽しい学校生活です。
   私とモグはめったにけんかをしません。けんかをしても、15分ぐらいたった後、またなかなおりをして、いつのまにか、またふざけてあそんでいます。

   今年でもう7年も友達でいます。けれど、来年、モグと私はちがう中学に行くので、すこし、はなれてしまいます。それは、2人にとって、とてもかなしいことです。でも、ちがう中学に行っても、モグはずうっと、ずうっと、私の親友でいてほしいです。

   私はこれから、色々ないい友達ができると思いますが、モグのような、やさしくて、おもしろい友達は一生、大切にしたいと思っています。

  

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2006年10月号掲載

中3 鈴木 美利亜
両親の愛情

   最近、私の心に響いているのは両親が私のためにやってくれている沢山のことだ。次々と良い経験になることを用意してくれる。
   例えば、先月の冬休みにはスレッドボーで、一週間の間、生まれて初めてスキーを習うことができた。今月は津軽三味線のコンサートに連れて行ってもらった。そして来月にはキャンベラで日本の大宗匠にお茶を差し上げる機会がある。
   こんな素晴らしくて見逃せない行事が毎年毎年あって、私は心の底から感謝しているが、逆に私はお父さんとお母さんに何をしてきただろう、どんな恩返しをしただろう、と考えてみると、とても心が痛む。
   家の中での掃除や色んな手伝いはやっているが、娘としてできる事と言えば、両親を喜ばすことだ。いつも健康で元気でいて、学問と運動の成績をつねに良くしていこうと思う。

  

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2006年9月号掲載

小3 若松 椋太
リスの商売

  ぼくは、森のリスです。森の中に小さな店を開きました。「きのみや」は、店の名前です。ぼくの仕事は、木の実をあつめて 、わって、売ります。
    春には、どんぐり、夏には、アーモンド、秋には、くりやくるみをあつめます。冬になると森に食べものがなくなります。すると、たくさんのおきゃく様がやってきます。
  「くるみ一こください。」
  「わたしはアーモンドがほしいなぁ。」
  「はい。少しおまちください。」
と、ぼくは答えて、大事にしまってあった木の実をとりだしました。
   大きな岩に木の実をコンコンとぶつけると、中からおいしそうなくるみが出てきました。
  「おまたせしました。くるみ一こ一リモです。」
  「アーモンドのおきゃく様、もうすこしまってください。」
  いそがし日になりました。

  

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2006年6月号掲載

小3 道明 敦
もしも、ぼくがタイムスリップしたら

  ぼくは、タイムスリップできたら、11世紀のヨーロッパへ行きたいです。なぜならば、「リビング・ロング・アゴー」という本を読んで、それは本当か、たしかめたいからです。
  ぼくは、11世紀に行けたら、王さまと女王さまのおしろに行って、どんなおもしろいところかたしかめたいです。その次にしたいことは、つまずかない60センチもある高貴な人だけがはけるくつをはいてみたいです。ぼくは、自分の時代に帰る前にもう1つやりたいことがあります。それは、きしになってよろいを着ると、どんな感じか知りたいです。  
  この本が本当だったら、ぼくも11世紀のことを本に書いて売りたいです。

  

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2006年5月号掲載

小2 ヴェリン アンジェリカ
楽しかったニュース

  土曜学校で、二年生になって、いろんなことをしました。
  その中で一ばん楽しかったことはニュースでした。
  まずおうちで、ニュースの紙に書きたいことを書きました。わたしは友だちの赤ちゃんのことをはっぴょうすることにしました。はっぴょうしているときドキドキしないでへいきでした。
   ニュースがおわったらお友だちがたくさんしつもんしました。わたしはそんなに友だちがしつもんしないと思っていたのでびっくりしました。
    楽しかったのでもう一回したいと思いました。

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2006年4月号掲載

小4 小松夏月
私のペット

  私のペットはウサギです。今、私はウサギを六ぴきかっています。私のウサギは、すっごくかわいいです。私がウサギたちをなでたらときどき私のずぼんをなめます。私はむかし二十ぴきウサギを飼っていました。そのうち半分のウサギは死んでしまい、十ぴきウサギがのこりました。お父さんが、「うちは、ウサギをたくさん飼いすぎだからもう少しウサギがほしい人にあげよう。」と言いました。私はかなしくなりました。一ぴきのウサギは私のでした。そのウサギの名前は、オレオ。オレオは、私の一番大好きなウサギです。だけどだれかが買いにきました。その売るウサギは、オレオでした。私はなみだを出しながら泣きました。次の日ウサギを買う人はいませんでした。のこってたウサギたちは、フラッピー、ベル、カマンベール、ラッキー、チップス、ビスケットとぜんぶで六匹でした。私のウサギ、私大好きだから私はちゃんとそだてることにしました。

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2006年3月号掲載

中1  西脇 舞
私のさいきんの日本語

  私の日本語は、さいきんおかしくなりました。ききまちがえとか、いいまちがえが、すごく多いんです。たとえば、「で、友達がばくしょうしちゃって。」を「で、友達がばくはつしちゃって。」って言っちゃいました。後は、「あ、お父さんの蛾に車がとまってる!」とか、「その字を使うはじ(はず)?」って言ったりしました。お母さんは、私がボケてるだけだと言いましたが、英語では、いいまちがえはしません。ふしぎです。

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2006年3月号掲載

中1  大村 美緒
未来はワクワク、ドキドキ

  「未来って、わからないから、心配――。」と思った時って、ありますか?私は、よくそう思います。たまに、テストの前の日に「未来に行けたら、どんな問題が出るかわかったのに――。」と思う時もあります。(それって、もしかしてカンニング?)だけど、もし、未来をわかることができても、悪いこともあります。
  未来がわかって、いい点は二つあります。一つは、もし悪いことがおきる場合だけど、早くから心がまえができているということです。例えば、テストで悪い点をとってもショックにならないとか、こういう場合にいいですね。二つ目は、安心できることです。幼いころから、「私はあ――なって、こ――なる。」ってわかっていたら、安心です。
  未来がわかって、悪い点は二つあります。一つは、夢がなくなることです。二つ目は、楽しみがなくなることです。例えば、明日、とてもおいしいケーキを食べるとします。だけど、未来を知っていると、そのケーキの味をもう知っていて、食べる楽しみがなくなってしまいます。
   私は、未来がわからない方がいいと思います。なぜなら、未来はワクワク、ドキドキするほうがいいと思うからです。私は、未来は一種の冒険だと思います。終わりがわかっている冒険なんて、おもしろくありませんよね。それが、私の理由です。あなたはどうですか?

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2006年2  月号掲載

小2 中ざわえり花
お手紙

親愛なるがまくんへ
    かえるくんからのお手紙をもらってうれしかったですか。わたしも「お手紙」 を読んでうれしくなりました。わたしもお手紙をもらうのがだいすきです。
 でも、まつのもたいへんですね。がまくんのすきなたべものはなにですか。わたしはおこのみやき、さつまいもとショートケーキです。こんどは、がまくんもいろんな人にお手紙をおくったりしてください。

    中ざわえり花より。

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2005年11月号掲載
中2  全員
俳句・短歌

土曜日は休みの日だが学校だ          まい&ゆいり

土曜日におなかのすくなりランチまつ      せな&りさ

むずかしい漢字のテストたすけてね       コンラッド&けん

私達中学二年難しいでも先生が助けてくれる   恵理奈&江珠

こがらしが吹きあれる中ふと思う 「寒いよちくしょう、春よ来い!」    ユリナ

空灰色せんたくものがぬれちゃうぞ       ポール

あったかい桜の花咲き一年生          チャーリー

ジャスミンの香りがするなりキャミソール    玲奈&美貴

夏休みあつい1日汗だらけ           大地&琢磨

オージーはハンドボールがかかせない      佑衣   

                  

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2005年8月号掲載
小5 大村 徹
わたし(ぼく)と友達

   八ヶ月前にぼくはフランスからオーストラリアに引っこしました。フランスには六年間も住んでいたので友達は何十人もいました。引っこしが決まったとき、ぼくはもちろん、友達たちまで悲しくさせてしまいました。それは当りまえのことです。なぜなら、友達だからこそ、悲しむのです。てきどうしだったら、ぎゃくにうれしいでしょう。友達とは、友情にあふれるものですから、悲しむのは当りまえのことだと後から気がつきました。ようするに、仲よく、けんかをせずに、しあうことが友情です。

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2005年7月号掲載
小6 ハミルトン・エロイズ
私は悪くない

   私はずっと前からアレルギーがあります。だからティッシュは毎日三十枚は使います。一つの箱は机の上。二つ目はベットサイドのテーブル。ママは私の使ったティッシュをベットサイドのテーブルにおくことをきらいます。私は長い間お母さんにそのことについて注意されていました。ある日、私はいつものようにはなをかんで、ティッシュをベットサイドのテーブルにおきました。すると、お母さんが部屋の中に来て「もうティッシュを買わない!」と言いました。けれど、そのティッシュがない間ひどいアレルギーになりました。いつもくしゃみをしてはなや目が赤くなっていました。その後、私のアレルギーは治りました。けれどもどうしてもママをゆるせませんでした。なぜなら、私は悪くなかったからです。ママがティッシュを没収したのはママが悪い。だからママとは三日間もしゃべりませんでした。私はぜったいあやまらない。けれど、ママにしゃべりかけなかったからママは悲しくなった。だから、ママは晩ご飯の時にあやまってきました。でも私は、半信半疑でした。ママが本当のつもりで言ったかどうか分からなかったからです。だけど、このままけんかをつづけていると、私もつらかったので私もママにあやまりました。

   「ママごめんなさい。。。」

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2005年3月号掲載
小5 ゴーブル舞
夏休み

 夏休みになったら、私はゴールドコーストに行きます。いってキャンプをします。うみのそばだからいいんだ。わたしのおとうとと、おとうさんは、つりをするのがすきだからいつも朝、つりに行きます。そしてわたしはおよぎたいです。わたし、およぐのはだいたいできるから楽しいとおもいます。わたしのおかあさんはゆっくりしていて、うみで本を読むとおもいます。わたしは夏休みになったらゴールドコーストにいきます。

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2005年3月号掲載
小4 稲川碧
仲直り

 どうしてけんかしちゃうんだろ
 友達ってふしぎ
 ほんとは仲よくしたいのに
 あの子をきずつけた
 どうしよう‥

 どうして仲直りできたんだろ
 わからない
 ゆるさないって思ってたのに
 仲良くなれた
 ふしぎ

 どうしてこんな事になっちゃったんだろ
 あの子がうそをついた
 だけどおこらないで聞いてみよう
 うその理由を
 あのこと仲直りをするために

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2005年2月号掲載
中2 吉澤采里
あなたの最近一番印象に残った事は‥

  「あなたの最近一番印象に残ったことは、なんですか?」という質問は、ふつう簡単に答えられる質問ではない。
    ほとんどの人は多分楽しかったことを忘れて、辛かった事をずっと一生覚えている。楽しかった思い出、つらかった思い出、全部心の中に残しておくのは不可能だけど、一番大切な思い出を忘れてしまったらどうなるんだろう。自分が今思っている最近一番印象に残っている思い出より思い出せないけれども、もっと大事で、素敵な事はどうすれば思い出すことができるのだろう?一日一日早く終わる、一日一日過ぎるたびに忘れてしまう。忘れたくなくても忘れてしまう。
    あなたは最近一番印象に残ったことを覚えていますか?

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2004年11 月号掲載
小3 ダービー 里有菜
パットニーパークへ行ったこと

  わたしは、冬休みにパットニーパークという公えんにお友だちとお母さんたちとおとうとたちといきました。わたしと行った友だちの名前は、クリスティーンとチェルシーです。
   公園についたら、大きいすべりだいがあったので、5回ぐらいすべりました。すべったとき、早くすべってとてもおもしろかったです。もっとはやくすべりたかったので、ジャンパーにすわってすべりました。風が、ピューピュー、あたって寒かったです。
  次に、ロープのタワーにのぼりました。それは、6メートルぐらいの高さです。わたしは、落ちないように気を付けて、ロープをにぎりながら、1ばんてっぺんまでいきました。すぐ前は海で、ヨットがたくさんうかんでいるのが、見えました。下でお母さんたちが、手をふっていました。おもしろかったので、またみんなで行きたいです。

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2004年10 月号掲載
小4 森 三菜子
私の友達

  私の友達は島田舞良(まいら)さんです。私と舞良さんは2才の時、おなじようちえんにいきました。それからずっと友達です。
     私たちは近くに住んでいます。休みのひにはよくいっしょにあそびます。
     2人ともげきやゲームをするのがだいすきです。又公園で遊んだり自転車にのったり、ピアノもいっしょにひきます。
     いまはべつの学校に通っていますが土曜日に日本語ほ習校でいっしょに勉強をしています。うれしいことがあるといっしょに 喜び、つらいことがあるとはげまし合える友だちがいて私は幸せです。これからもずっとお友だちでいてほしいとおもいます。

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2004年 9月号掲載
小6 森田恵美
20年後の私

  20年後の私は32才です。そのころ私は、多分、弁護士になっています。日本の法律事務所で、働いているのです。日曜日は休みで、一人で公園に散歩に行くのです。一人暮らしをしていて親は、札幌に住んでいるのです。仕事の月給は、大体、150万(高すぎる?)くらいです。
     アパートは3LDKの超高級マンションの13階、屋上付き。毎日、超がつくほど忙しく、大変な日々なのです。弁護士の仕事も大変で、毎日、20人近く、お客さんが来ています。趣味は、本を読むこととパソコンで遊ぶこと。わたしの将来ってかがやきすぎですか?

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2004年 8月号掲載
わたしの家族
小5 ジョーンズ チェルシー

  わたしの家族は3人います。お父さん、お母さんとわたし、チェルシーです。ノース ショアのウィルビーにすんでいます。わたしの学校はレーベンズウッドスクールフォーガールズ、ゴードンです。わたしの家から学校まで15分かかります。おとうさんはラグビーのコーチです。いつもいそがしくてめったにあえません。わたしのお父さんはラグビーのゲームで南アフリカ、ニュージーランド、パリとかに行きます。わたしのお母さんはまいにち家でせんたくとかわたしの学校のものをだしてくれています。わたしのおばあちゃんは日本に住んでいます。お父さんのお母さんはシドニーに住んでいます。
     わたしはシドニーで生まれました。お母さんは日本で、お父さんはタスマニアで生まれました。わたしは家族がだいすきです。

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2004年 6月号掲載
日本りょこう
小5 浅野 美貴

  私は11月14日におねぇちゃんとお母さんと日本行きの飛行機に乗りました。最初に、乗った時はすごくきんちょうしました。次の日私たちは日本に着きました。外はすごくさむかったです。私達はおじさん、おばさんといとこ達にむかえにきてもらいました。おじさん達は私たちを友達が住んでいる桂村に連れてってくれました。すごいいなかなのでまよいました。私の友達は以前オーストラリアに1年間だけ住んでいました。そして、おじさんの家から1時間位の所にさとちゃんの家があるので、私は3日間だけさとちゃんといっしょの学校に行く事になりました。最初の日はものすっっっごくきんちょうしました。でもクラスの子達はみんなとてもやさしかったです。すぐに友達ができました。日本の学校はドッジボールや走りなわ飛びをしました。
  最後の日はみんんばでおたのしみかいをひらきました。私達はHけんやドッジボールをしました。その後、2年生が「世界に一つだけの花」を歌ってくれました。あと5年生のクラスのみんなから手紙ももらいました。とても楽しい3日間でした。
  あまり日本語に自身がなかったけど勇気を出して通ってみて本当に良かったです。日本にまた行ったらみんなに会いに行きたいです。

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2004年 5月号掲載

小6 横山 舞

  命はみんなが持っている。でも、一つしかない。長いか短いかわからない。みんな長く生きたいと思っていると思うけれども新聞には自殺や殺人が後をたたない。特に自ばくテロは自分の命と他の沢山の人の命もうばってしまう。沢山の人が命を大切にしている。自分の命だけじゃなく家族や友達の命も大切に考えている。自ばくテロはそのテロリストと殺された人の家族や友達にも大きなえいきょうをあたえる。一人の人に考えで多くの人に大切な物「命」を取ってしまうのがいいはずがない。反対にマザーテレサのように他の人の命を助けるために一生をつかった人もいる。
  一つしかもっていない命を大せつに考えることを忘れないようにしたい。

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2004年 4月号掲載(1)
バンドフェスティバルでほめられたこと
小4 神代 裕樹

  今週の月曜日にバンドフェスティバルに行きました。ぼくの学校からは、トレーニングバンドとコンサートバンドとバイオリングループが出ました。ぼくは、コンサートバンドに入っています。バリトーン・ホルンを吹いています。バリトーンはバンドの中でベースを吹きます。ベースをやているのは、ぼくとキーボードの子だけです。ほかの子は、フルート、クラリネット、サックス、トランペット、メロディーを吹いています。
  ぼくたちのバンドは、三曲えんそうしました。「スパイダーマン」、「マンマミア」、「シュープシュープソング」です。  カーテンが上がったとき、心ぞうがドキドキしてしまいました。でも思ったほど聞いている人は、いませんでし
た。最初にえんそうした「スパイダーマン」が一番上手だったと思います。えんそうが終わったときは、全部できてうれしかったです。立ったとき、写真をとられました。
  ぼくたちのバンドは、金賞をもらいました。ぼくの学校は、皆金でした。
  しんさ員が金賞をぼくたちにくれると言ったとき、他の楽器の人には一つづつ注意がありました。でもぼくには、注意がありませんでした。バリトンの子は、とても上手だったと言ってくれました。特別に立ってくださいと言われました。ぼくはちょっと立ってすぐに座りました。はずかしかったです。  らい年またバンドフェスティバルに行きたいと思います。

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2004年 4月号掲載(2)
サッカー
小4 小林 琢磨

  2月15日曜日サッカーの練習をしました。去年は人数が多すぎてそのチームに入れませんでした。だからぼくはそのチームに入りたくて去年からまっていました。今日はぼくの最初のレッスンです。同じ学校だったわたる君とサムも同じチームに入ることを知っていたので心強いです。
  最初にアンダーイレブンのグループを四つのチームに分けて、サッカーマッチをしました。このマッチでは、ぼくのチームはがんばったけれど 勝てませんでした。
  次はタッグをしました。たとえばAチームとBチームが一つのチームのチーム、CチームとDチームが一つのチームと言うシステムです。ぼくはCチームでした。たしかCチームとDチーム対AチームとBチームだったと思います。ぼくはそのマッチではストライカーでした。ストライカーは相手のゴールにボールをシュートする役です。けれど残念ながらシュートするチャンスができませんでした。タッグマッチは三十分くらいしましたが1対0で負けてしまいました。
  ぼくのチームは最初にやったマッチもタグマッチも負けてしまいましたがチームに入れてよかったと思いました。

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2004年 3月号掲載
中3 長島雅姫

青く広がる大空の真中で、
真夏の太陽が輝いている.
その下でキラキラと光る海が
私は大好きだ.
ボードに乗って波を捕まえるのが
一番たのしい。
波の音を聞くと静かな気持ちになる.
海には一日中いても全然飽きない.
私は将来、
絶対うみのそばに住みたいし、
スチュアデスになって
世界中の色んな海に行って見たいと思っている

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2004年 2月号掲載
将来の夢
中1 中村 瑞穂

  私は将来、美容師とメイクアップアーティストになりたいです。有名になって、世界中にしられるようになるのが目標です。世界中にしられたら、有名な歌手や俳優の髪を切ったりして、メイクをしたいです。
  ほかに有名になる方法はいぱいあるけど、私は化粧品が好きだから、メイクアップアーティストになって有名になりたいです。
  でも私は犬が大好きだから、盲導犬をトレーニングする仕事もしたいです。うちで犬をかってから、ずっとこの仕事に興味をもっていました。
  これから時間をかけて、考えてみます。

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2004年 1月号掲載
小1 まつお あみ

  きょうアンソニーとあみとままとおにいちゃんと、えいがにいきました。ニーモを見ました。ニーモがトイレにおちてながされて、うみえもどったところが大すきです。

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2003年 12月号掲載
あったらいいなこんなもの
小2 こが じゅんや

  ゆびまきロボットは、ほしいものをもってきてくれます。そして、あったところにかえします。ゆびまきロボットはにげたねずみをつかまえてくれます。それで、「ぴん」と言ったらはっしゃします。なくしたものもさがしてくれます。

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2003年 11月号掲載
おいしい物たくさんある日本
小3 モンジャラッド マーシャ

  私は日本が好きです。それは日本にはおいしいたべものがたくさんあるからです。私は4才の時に日本のようちえんに二週間行きました。そこで食べた給食は本当においしかったです。毎日ちがう食べ物でとくに食パンがあつくてやわらかくておいしかったです。
  それから日本にはいろいろなしゅるいのアイスクリームやおかしがあるので好きです。

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2003年 10月号掲載
ジェシー
小4 ホアン リナ

  ジェシーはみんなの犬です。体全体ゴールデンレッドで、首の下からおなかが白です。
  女の子なので首輪が紅くて銀色のハートの形のネックレスがついています。ジェシーは、すごくおりこうな犬です。知っていることは、おすわり、待て、ふせ、おて、おいで、ジャンプ、はなせ、立て、来い、行け、と ねるふりです。
  ジェシーは、前足で、サッカーボールに乗れます。そして、わたしがたおれたふりをすると、すぐはしってきて、顔をなめにきます。
  人が家の前をとおると、ジェシーはほえます。ほえてくれてすごくたすかります。そのおかげで どろぼうもかなくなります。
  ジェシーは、今11才です。あそんであげないと自分のソファーにねています。
  私はジェシーにずうっと、ずうっと長く生きてほしいと思っています

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2003年 9月号掲載
「新しい友達」を読んで
小5 野本 衛(まもる)

  日本に帰ってきて、一番最初にひろに会った時どう思ったんですか?うれしかったですか?
  クラスのみんなに囲まれていた時は楽しかったですか?
  クロッカスの球根をひろからもらった時はどう思ったんですか?ロンドンでは一生けん命クロッカスを育てたんですか?
  ぼくも、まりちゃんと似ていて、お父さんの仕事の都合でオーストラリアに来ました。
  オーストラリアに来て二年たってから日本に一時帰国して、以前通っていた小学校に一週間体験入学をしました。
  二年間いなかったので、みんなぼくの事をわすれてしまっていないか心配でしたが、以前一緒だったクラスの子はほとんどぼくのことを覚えてくれていて、うれしかったです。
  休み時間にはみんなぼくにいろいろな事を聞いてきたり、一緒に遊んだりして楽しかったです。
  まりちゃんもひさしぶりに日本に帰って思った事を手紙で教えてください。

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2003年 8月号掲載
スピーチおばあちゃん
小6 邱 りさ

  こんにちは、私の名前は、邱リサです。
    今日の私のスピーチは、一ヶ月前に私の大好きなおばあちゃんが死んでしまったことです。七年前におばあちゃんが、がんと言う病気にかかってしまい、この病気をなおすために、たくさんの強い薬を使いました。この薬のためにおばあちゃんは、食事ができない日がありました。この病気は、おばあちゃんの体の中のいろいろな所にうつり、四月の私のホリデェ-―に、日本へ帰った時には、病気は、はいにも入ってしまいました。おばあちゃんは、とっても苦しそうで十かごには、いきができなくなり、私とお母さんとおじいちゃんとおばさんの前で死んでしまいました。
   これは、私の一番かなしかったことです。

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2003年 7月号掲載
ぼくのオレンジ色
中2 石ヶ谷 優子

オレンジのにあうやつになりたいな
そしたら あのお日様に一歩近づけるじゃない?

黒は もうやめた
かくれるのに うんざりだから

今度はぼくが君をてらすばんだよ
ホントはしずかな ブルーが好きだったりするけど やっぱ ぽかぽか オレンジがいいな
「そんで ちょいと 夕日を見に行きませんか?」 (すなおな オレンジになるのさ)
Sexyなパープルになれなくてもいいよ
(オレンジは オレンジらしくゆくのさ)

オレンジがべつにFavouriteなカラーではないんだョ
ただね君をてらしつづけるあのお日様に
一歩だけでも近づきたから

もう ブラックからは卒業なのです
いやしてくれた ブルーはまた今度
まぶしい イエローより
ぽかぽかオレンジがにあうやつがいいな
時には 君を優しくつつんだり
時には ぬくもりを感じてくれたら ぼくのオレンジ色

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2003年 6月号掲載
一番大切な物は、私の家族
小5 邱 りさ

  私の一番大切な物は、私の家族です。いつも私の事を心配して面倒をみてくれる。家にいる時は、色んな事をしゃべったり、相談したりしてくれる。特に、こまったことがある時は、助けてくれる。日本にいるおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんとひいばあちゃんも私の一番大切な人たちです。いつも日本に帰ると、だっことキッスをしてくれる。私のお誕生日も覚えていてくれる。私とおねえさんのためにいそがしい時もいっしょに遊んでくれる。お母さんとお父さんがけんかをしてる時、これを見るのも、またとっても楽しいです。
  私は、自分の家族が大好きです

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2003年5月号掲載
小6 吉澤 菜里
風邪ひきさん

  今日は、なんと家族全員が、風をひいてしまいました。
    「風邪なんかひかないよ」と威張っていたおばあちゃんがなんと風邪をひいてしまったのです。
    全員、風邪?
    金神家がキンに襲われている。
    大変だ!
    せっかく治ったのにまたひいてしまう。
    どうしたらいいかわからない。
    どんなに部屋を暖めても雪の降っている外の寒さとかわらない。
    チャンチャンコも着ているのに氷みたいに体がかちんかちんに固まってしまう。
    家族が同時にくしゃみをする。
    その後、金神家の犬もいっしょにする。
    しゃっくりもいっしょにする。
    足がしもやけになる。

 最悪の状態だ。

 いつになったら治るのかなぁ

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2003年4月号掲載
小4 小松 研人
弟の事件

  弟がハチに刺された。
   「すごく痛いよ。」と泣いた。次の日になると弟に手の平は、風船の様にはれ上がった。お父さんが病院へ連れて行くと「入院するかもしれない。」と電話がかかってきた。
   ぼくは、弟がすごくかわいそうになった。
   弟に大好きなおもちゃと本を持って病院へかけつけた。
   弟は、とても痛い注射を手に三回もうった。
   そのの時もすごくないた。
   でも家に帰れる事になった。
  ぼくは、ほっとした。

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2003年3月号掲載
中3 浅井 志緒利

  オーストラリアとほかの国を比べたら、圧倒的にオーストラリアがいいところだと思いまあす。なぜならこの国はとちも気候が穏やかで非常にすみやすいところだからです。犯罪もないわけではありませんが、多くはありません。
    またオーストラリアは多国籍文化の国です。いろいろな人種、いろいろな民族が居て、みんなが理解しあって共存しています。それによって違う国の、違う民族の価値観や習慣を学ぶことができるのです。そのため私はいろいろな物の見方ができるようになりました。
    日本でもみんながこうしえ理解しあえば、差別やいじめのない楽しい社会になるばずです。  オーストラリアは誰もが安心して暮らせるとても住みやすい国だと私は思います。

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2003年2月号掲載
中1 奥井 美咲

  私は、ミスティという犬を飼っています。めす犬で二ヶ月の時にうちにやってきました。ミスティは、シェパードとコリーのハーフで茶色の毛をしています。
    私のお父さんは、去年の四月のある日、私たちは見ていないのに、「犬を買ったよ。」と言って帰ってきました。
    はじめ、家に来た時ミスティはまで、赤ちゃんの毛だったので明るい茶色の毛でフワフワしていました。ミスティが私の家に来た時、とてもきん張していたと思います。ミスティにとっては、はじめての場所だったので、そこらへんをずっとにおいをかいでいました。
    私たちは、予防接種が終わるまで、ミスティを散歩に連れて行く事ができませんでした。散歩の途中で、他の犬から病気をもらうかもしれないからです。
    私たちは、今年の一月に引越しました。この家には、大きな庭があります。ミスティはすぐになれ、今ではいつも数々のおもちゃで遊び、ポッサムや鳥に向かってほえています。ミスティは、もうすぐ二歳です。もう大人なのに、やることはすごくおもしろくて、かわいいです。
    ミスティは、私のいうことを聞いてくれて、私はミスティの事を妹だと思っています。私は、ミスティが大好きです。ミスティを飼って本当によかったとおもいます。

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2003年1月号掲載
小1 きの じゅん

  きょうは、ママといっしょにパスタをつくりました。手でにんにくのかわをむいたり、かわむききをつかって にんじんのかわをむきました。ミンチのにくとたまねぎとにんじんをいしょにいためました。ピチピチというおとがしました。パパもおねえちゃんも おいしいといいました。ぼくもおいしいとおもいました。

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2002年12月号掲載
小2 奥山 洋海
わたしのテニスキャンプ

  7月8日
   わたしはテニスキャンプに行きました。わたしはダブルスで、一ばん多くてんをとったので、キーホルダーをもらい、とてもうれしかったです。けれどもわたしのともだちは、2てんさでまけたので、とてもくやしがっていました。
   つぎの日は、おぎょうぎがよかったので、のみのもをもらいました。いちばんさいごのひは、やっとおわったとおもいました。でもまたいきたいです。

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2002年11月号掲載
小3 横山 唯
お母さんのこどものころのあそび

  わたしのお母さんは、こどもの時、きんじょの友達と妹たちと、おままごとやにんじゃごっこをしてあそんだそうです。にんじゃごっこは、テレビの「にんじゃぶたいげっこう」のまねをしたそうです。学校の休み時間には、なわとびと ゴムごびと てんだいもしたそうです。
    てんだいは、二人でするあそびです。ボールを手でうって、あい手のコートにいれて、あい手の人はまたワンバンドでうちかえします。
    学校のあとは、ろじやようちえんのにわで、かくれんぼやおにごっこもしてあそんだそうです。おにごっこと、かくれんぼはわたしもします。てんだいは知らなかったけど、わたしたちがやるハンドボールににていると思いました。

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2002年10月号掲載
小4 吉田 旭
サッカーキャンプ

  サッカーキャンプに一週間参加しました。一番最初はサッカーの試合をして、そのあとはいろいろなゲームをして遊びました。一番最後は、ワールドカップをして、いろんな国をきめて5人1チームで試合をします。
   ぼくが入っていたチームは、ベルギーでした。で、ぼくたちが勝ちました。
    最後の日に、表しょう式をしました。18人の中で1人だけがカッポをもらえます。その中でぼくが選ばれました。とても、楽しい一週間でした。

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2002年9月号掲載
小5 鹿沼 悠里凪
 松下ひろさんへ

  ひろさんこんにちは。
    ひろさんが、二年前あなたがまりちゃんにあげたクロッカスの球根には、友情の糸が今もこれからも切れないようにわたしたものだったんですね。私は、そのアイディアがとてもいいと思います。なぜなら、まりちゃんがロンドンに帰っていった間、まりちゃんは、すぐに日本にもどってこれません。しかし、ひろさんがわたしたクロッカスの球根の出した花とあなたの書いた手紙のおかげで、まりちゃんは、あなたを思い出せるのです。
    友達ってとても大切なんですね。これからも仲良くまりちゃんと、またあしたもあそべるね。

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2002年8月号掲載
小6 村井 崇斗
スポーツデー

  6月1日は日本人学校のスポーツデーでした。ぼくの最初で最後の運動会。思いでがいっぱいできました。
    まずは、徒競走。百メートルを走って2位でした。
    次に、キンディーと1、2年生の玉入れ。ぼくは用具かかりで、玉を入れるかごをもっていたので、玉がいっぱいあたりました。頭にもぶつかっていたかったです。
    2人3きゃくは、5年生のレオンとやりました。スタートからゴールまでころばず二人で息を合わせて、走り終えました。
    そして、組体そう。赤組も白組も力を合わせて大かつやく。みんな最初から最後まで、けがをせずにポーズがきまりました。ぼくは体が小さいのでいつも上でした。タワーの時、上で立つのがむずかしかったです。なぜならバランスをとるのが大変でポーズをとる時におっこちそうになって、こわかったです。
    最後に、トロフィーじゅよの時、トランペットをふきました。音を一つミスしちゃいました。つかれてへとへとだったけど、ぼくの入ってた白組が勝ってよかった!!

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2002年 7月号掲載
中2 田居 美波
私たちの春

ピンク
ぽかぽか
新しい生命
動物たちも冬眠から出てくるよ

私たちはどう変ったのだろう

花より団子の時代だったわたしたちから
セイシュン時代になった私たちかな
少し ほんの少しだけど
ちょっとずつ変ってく

私たちは
どう変っていくのだろう

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2002年6月号掲載
小2 ふくい れいら
できるようになったこと

  わたしはかん字が書けるようになりました。1ばんかんたんなかん字は一です。先生とれんしゅうをしました。楽しかったです。
     わたしはもっとれんしゅうしたいです。そうするといっぱいかん字がわかります。

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2002年5月号掲載
小3 宮武 一河
一番うれしかったこと
乗馬のコンペティション

  2月2日に乗馬のコンペティションがありました。
     わたしは、40センチメートルと60センチメートルのジャンプをやりました。   さい初は40センチメートルに出ましたが、きんちょうして、さい後のジャンプをとんだ時、落ちそうになりました。
     自分ではとても上手にとべたと思ったけれど、3位までにははいれなかったので、60センチではもっと早く高くとびたいと思いました。
    60センチのスタートの時、わたしはとてもどきどきしていましたが、馬が落ちついていて、馬の首をなでたら、どきどきしていたのがスーッとなくなりました。とちゅうでこわくなったけど、「まけないぞ」とおもいながらとんだら、2位になりました。とてもうれしかったです。
     お父さんとお母さんにみてもらえなかったので、次のコンペティションは1位になるようにがんばってみてもらいたいと思っています。

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2002年4月号掲載
小4 ハミルトン ポール
ぼくの庭

  今のシドニーの季節は冬です。僕の家の庭の中にオレンジのきがあります。毎日、朝御飯の時に食べる為にオレンジを採ります。僕の家のオレンジは、とても甘くて美味しいです。冬でも、太陽が照っている時、外で昼御飯を食べられます。僕は、フランスの学校に通っているので今月の21日から休みになります。オーストラリア人の生徒達は、まだ学校があるから、僕の家の近くにある小学校の子供達の声が聞こえます。、小学生の声と鳥の声が聞こえるのでとてもにぎやかなにわです。

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2002年2月号掲載
中3 蘓 旭

   時計の針は12時を指していた。泥棒のアランは黒い服に着替えた。そして仕事に出ようとしたとき妻のクリスに呼び止められた。
   「くれぐれも気をつけてね。」
   クリスは心配そうに言った。アランは小さく微笑み、彼女の唇に軽くキスをした。そして2、3歩あるいたところでまた呼び留められた。
   「今度は金目のものをぬすんでよ。」
   「今度は本物さ。」
   アランは笑ってそう言った。
   20分後、アランはお城のような大きな屋敷の前に居た。これが今日の標的だ。ここには老婆一人しか住んでいない。にもかかわらず防犯装置がないのだ。   彼は塀を乗り越え屋敷内に浸入した。明かりのともっていない窓ガラスに
テープを張ってからガラスを割った。「ガチャン」という小さな音と共に穴が開いた。そこから手を入れ内鍵を開けて家の中にとび込んだ。
   バシャーン
   「ギャアウーオーーー!」
   彼は叫んだ。なぜだか彼が浸入した窓の下には煮えきった油の鍋が置かれていたのだ。彼はそこに足を突っこんだのである。
   彼はなんとか足をひきあげたとき、フライパンが彼の顏めがけて飛んできた。声を出す余裕さえなかった。頭から血を流しながら死にもの狂いで逃げようとする彼が屋敷の方をふりむくと、窓の1つに明かりがともっていて、カーテンには女の人の影がうつっていた。

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2002年1月号
中1 梶原 かおり
オーストラリアで得た友情

  英語に興味、知識、繋がりなど全然なかった私。そんな私が、オーストラリアにひっこすことになったことを聞いた夜のことを私は一生忘れないと思います。
  あれは9月中旬。日本が少しずつ秋に近づいてきていた頃のある土曜日の夜、母の急な言葉からオーストラリアに引っ越すことを知らされました。その夜、私は泣き通しでしたが、私が泣いたからといって変わることでもなく、引っ越しの準備だけは着々と進んでいきました。
  日本の学校に行く最後の日、クラスのみんなが送別会を開いてくれました。帰宅まぎわまで声を抑えて泣いていたのですが、友だちの姿が目に入ったとたん、それまで抑えていた声を抑えられなくなってしまいました。友だちの目も、私の目も真っ赤になり、涙だけはいつまでも止まらなかったこと、今でもはっきり覚えています。
  一昨年10月26日のまだ早い朝、私は赤い目とともにオーストラリアに到着しました。なにもかもが英語のオーストラリア。英語が分からなかった私にとって、この国は息苦しい場所でしかありませんでした。学校(I E C、英語圏外からの生徒が通う学校)に日本
人はいなく、先生の言っていることはわけがわからず、心細くて泣きそうな時もありました。
   その後私はIECを卒業して現地校に通い始めました。最初はなかなか馴染むことができませんでしたが、少しずつ慣れてきて、いまでは現地校にたくさんの友達がいます。いつも周りに大好きな友達がいて、たまにケンカすることもあるけど、自分の意志をちゃんと伝えることが出来、しかもそれを受け止めてくれる友達がいるなんて、とても幸せなことだと思います。
  この前友達が、「かおり、あなたに会えたことを素晴しいことだと思うよ。」と言ってくれた時、嬉しくて、でも照れくさくて、でもやはり幸せな気持ちになれました。オーストラリアに来ることを教えられた時は、そのことが信じられなくて、嫌なことも悲しいこともたくさんありましたが、オーストラリアに来て大好きな友達もでき、今では毎日が楽しくてしようがありません。2年前だったら考えられないことですが、今私はオーストラリアに来てよかったと思っています。
  日本も大好きですが、オーストラリアも大好きです。



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2002年1月号掲載
小1 高松 亨

  9月29土よう日、ぼくはキャンプにいきました。土よう日と日よう日にとまりました。
   はじめてのテントはたのしかったです。火をもやしたのは、ばんごはんのときだけでした。ぼくのしごとは、木をもってくるしごとです。
   そこにはうみと川もありました。ぼくはどちらでもおよぎました

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2001年12月号掲載
小2 新山琢磨
たのしかったこと

  10月9日にママのおともだちの家にいきました。行ったのがよるだったから、ついたらすぐねました。つぎの日ぼくは、みんなといっしょにつりにいきました。ママのおともだちは1ぴきもつれませんでした。だけど、ぼくは1ぴきやっとつれました。
   そしてつぎに、サーフィングにいきました。すこしさむかったのでふるえてしまいました。 そして、お家にかえる時間になりました。だんだんよるになってきました。かえるときにママのおともだちがつれてかえってきてくれたので、ぼくがつったさかなをいっしょにわけて、みんなでたべました。ママがおいしくやいてくれたので、みんな「おいしいね」といいました。ぼくもそう思いました。
   ぼくはたのしい日がすごせたなあと 思いました。

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2001年11月号掲載
小3 野本 衛

  ぼくは、毎日学校でウォールボールをして遊びます。
     友だちは、オーストラリア人のオリバー、中国人のジャスティン、何人かわからないケビン、そして日本人のケイ君です。ぼくとケイ君は、日本人どうしだけど、ほとんど英語で、しゃべります。ときどき、ロシア人のサッシャとオーストラリア人のミッチェルもくわわります。
     ルールは、とてもふくざつで、すぐにはおぼえられませんでした。   一番上手なのはケイ君です。どんなボールでも、思いどうりにかんたんに打ってしまいます。二番目に上手なのはオリバーです。早いボールを打つのがとくいです。三番目に上手なのはケビンです。大きくバウンドしたボールを打つのがとくいです。ぼくは、四番目に上手です。さい近は、けっこう打てるようになったので、楽しくなりました。それにオリバーが、「上手になったね!!」といってくれたので、とてもうれしいです。ジャスティンはへたです。ときどきボールをうまくうてなくて、かべに当たらないでアウトになります。
     とてもおもしろいゲームなので、ぜひやってみてください。

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2001年10月号掲載
小4 日置結以里(ひおき ゆいり)
ぎょうざ

  今日ぎょうざを作りました。まず母がねぎを切って肉を出してそれを結以里が混ぜました。とても楽しかったです。そのあと皮で包みました。それは二人でやりました。色いろな大きさや形を作ってしまいました。そのあとホットプレートの上で焼きました。結以里たちは全部あわせて、24個作りました。全部一度に焼きました。それを3人で食べました。父は今日本にお仕事で行っているから食べられませんでした。かわいそう。帰って来たらまた作ってあげたいと思います。

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2001年9月号掲載
小5 舟元次郎
僕のペット

  僕のペットは、9わのうさぎです。毎朝、僕と兄と父の3人でえさをやります。お水も新しいのにかえてやります。えさはうさぎ用のペレットです。時々草や野菜もやります。
     うさぎの名前は、グランパー(マンゴー)、ジャンピング、かたこり、マム、ドーター、ラビットワン、ラビットツー、ライトとレフトです。もう少し前まで10わいましたが、コナンが死んで9わになりました。でも本当を言うと、最初は2わだったのです。ところが、いつのまにか10わになっていたのです。だから今は皆別々の小屋に入れています。
     うさぎは皆ミニうさぎなので、小さくてかわいいです。色はほとんどが黒で、白のパッチがあるのもあります。そしてグランパーが茶色、かたこりがうすグレーです。どのうさぎもそれぞれちがう個性があって、見ていておもしろいです。
     ペットをかうのは、世話などで大変ですが、僕はたのしいです。

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2001年8月号掲載
小6 藪内 佳奈
「南に帰る』感想文

  私が、1番「南に帰る」に共感したのは、「どこの国の人とか、年齢が近いとかはなれているとか、そんなことと、ちっとも関係ないということだ。」と言うところです。わたしは、まだオーストラリアに来たばかりで、まだ全然、英語ができない人のためにある学校にいっています。初めての時、私のクラスには日本人がいなくて、不安だったけど、同じクラスのタイワンの人と仲良くなりました。でも、英語が出来なかったため、おしゃべりは出来なかったけど、手ぶりや身ぶりで自分の思っていることを表現したり、知っている英語をつないで自分の気持ちを表しました。
     でも、それだけでも楽しくって、その子と友達になれて本当に良かったです。
     だから私は、「南に帰る」の「どこの国の人だから」と言うところに共感します。

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2001年7月号掲載
中2 浅井志織利
日本語と私

  私は4歳近くの時にオーストラリアにきました。私がこの土曜学校に通い始めたのはわたしが普通の学校で小学2年生のときです。その前まではわたしの母が私と双子の姉に一生懸命日本語をおしえてくれていました。最初は自分の意志で来たのではなくて、親に「行きなさい}って言われて来ていました。でも私が大きくなるにつれ、日本語を喋れるほうが今の世の中に役たつと思うようになりました。
     私が日本語を喋るようになったのは父のおかげでもあります。私が小学生の頃、私は英語の方が話しやすかったので英語ばかり喋っていました。父はそれを変えようとして家の中で英語を喋ったら罰金を取っていました。
     私がまだまだ日本語を上達させなければいけません。でも私がこんなに日本語を喋れるようになったのは親のおかげだと思い、とても感謝しています。

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2001年6月号掲載
メリ-のあかちゃん
小4 西村 早人

  7月11日ぼくのおうちのメリ-に子犬が8匹生まれました。あさお父さんがおきてみるともう4匹うまれていました。さいしょみたときねすみかとおもいました。だって、すごく小さくて長いしっぽがあったからです。メリ-はボクサ-なので短いしっぽです。どうしてちがうのかなとふしぎに思いました。あとでお父さんがしっぽを切るのだとおしえてくれました。かわいそうと思いました。
   8匹の世話は大変だけどやっぱりかわいいです。

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2001年 5月号掲載
かえる
小2 坂田 真唯

   かえるさんに「こんにちは。」って言ったらなんにも言わなかった。ただ、水の中に入っておよいだ。こんどは、ジャンプのきょうそうをしようね。

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2001年4月号掲載
急がば回れ!?
中3 大西 慶

  今日の僕は掃除当番だ。敏と浩も一緒。僕らは枯葉を山のように集め、大きなゴミ箱に入れた。これを一番奥の裏庭の焼却炉まで運ばなきゃいけない。2人がかりの仕事だ。2人に借りのある敏は決定だが、あとは僕か浩が- - - 。
   僕たちは競走できめることにした。どっちが早くほうきを倉庫にしまって戻って来れるかだ。倉庫へは二つ行き方があった。1つは校舎の中を通る方法で、距離は短いけど障害物がある。もう1つは校舎に沿ってぐるりと回る方法で、距離は長いが遮るものがなくて安全だ。僕が迷っていると、「慶君、急がば、回れ!」と敏が言ってくれた。僕は長い道に決めた。
   「よーい、どん!」敏の叫ぶと同時に僕らは走った。校舎伝いに走るとイイ調子だった。「ふっふっ- - 、浩の愚か者め!」僕は勝った気分だった。しかし、最後の角を曲ってみると、そこにはすでにニヤニヤと笑っている浩が立っていた。「な- -」僕は言葉につまった。そしてほうきをおもいっきり敏になげつけた!

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2001年3 月号掲載
小1 日置 たかのり

   木よう日に学校からかえったき、はいしゃさんにいき、たかのりははのむしばをなおしました。
   むしばはよんこもありました。それからまえばがひとつよぶんにはえていて、そのははとがっているので、とらないといけませんでした。とるときにちゅうしゃをはぐきにうちました。どりるをやっているとき、たかのりのからだぜんたいがしびれました。でも、がまんしてやっとおわりました。
   おおきなはでした。

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2001年1月号掲載
小4 スチュアート カーラ

  きのう、11月29日、私と母はバレエのしけんにいきました。私はバレエを5年習っています。これは5回目のしけんです。
   車の中で私はとてもきんちょうしました。しけんはダーリングホーストの建物でありました。早く着いたので練習の部屋で友達と練習をしました。私のグループは、一番最後でした。とっても暑い日だったので待っている間たくさんあせをかきました。しけんの先生はあまりこわくありませんでした。
   一年間このしけんのために練習しました。終ったのでほっとしました。私のしけんの結果を早くみたいなあ!12月3日にはコンサートがあります。先生ひまだったら見にきてください。

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2000年12月号掲載
ぼくのたんじょう日会
小2 チャールトン ジェームス

  6月17日の土曜日に、11人のともだちとボーリングじょうに行きました。
   まず、ホットドッグとチップスをみんなでたべました。それから、みんなが、ぼくのまめにハッピーバースデーのうたをうたってくれました。そして、みんなといっしょに、バースデーケーキをたべました。みんなこうふんして、「キャーキャー」言っていました。
   つぎに、ボーリングをしました。ぼくのスコアは、80ポイントでした。おとうさんとおかあさんは、「すごいね」と言いました。
   さいごに、アイスブロックをおとうさんからもらってたべました。
   ぼくは、バースデープレゼントをたくさんもらって、とてもうれしかったです。そして、すごくたのしかったので、またボーリングをやりたいの思いました。

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2000年11月号掲載
地球のゴミについて
小5 蘇 ひかり

  私は最近ゴミがとてもちらかっていると思います。なぜかというとバス停とか歩道は、いつもあちこちがゴミでよごれているからです。家では食べのこりのゴミなどをちゃんとコンポストにしてリサイクルしています。
   私たちが出すゴミは海へいったりして海の中にすんでいる動物がそれを食物と思ってたべてしまうことがあります。そのけっかしんでしまう動物が多いです。それはなぜかというとこれらのゴミを出す工場が物を作る前にしょ理の方法をきちんと考えないで作ってしまうからです。こうしてゴミをだしつづければゴミがあまりにも多くなり、すてる所がだんだんとなくなります。
   この前の休みに行っていたホンコンでは道ばたがたいへんきたなかったです。きっとかんきょうを大切にする人がそんなにいないからだと思います。
   みんなが地球を守るためには一人一人が再生産できないゴミをへらすように努力するべきです。また、一人一人の力では十分でないのでほかの人にもよびかけてキャンペーンをすることもできます。
   私はの世代がよりよい地球にすめるようになってほしいのです。緑が多くて生物がすべてけんこうで長生きしてゴミなどのないきれいな地球になってほしいです。

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2000年10月号(2)掲載
親友
中2 岡 あゆみ

  私の親友はたくさんいます。友達になったら誰にでも本当の自分をだすことができます。でも、親友ってなんでしょうか。あんまり親友って意味じたいよくわからないです。一緒にいていごこちがいい、きをつかわなくていい、これが親友なのでしょうか?もしそうなら私2人います。その2人は私と考え方がにていて悲しい時とか一緒に泣いてくれます。ケンカしたりとかするけど、ケンカするほど仲がいいって言うから仲はいいと思います。けっこう悲しい時、誰の前でも泣けるけど、ハグしてくれるのはこの2人だけです。外だけの付き合いはスキじゃないのでみんなとびょうどうに親友になりたいと思いまーす。

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2000年10月号(1)掲載
小5
分かるかな?  クイズ?!

問題 出題者
電回舟 モーターボート 荒川創太郎
電焼 グリル 浅野由貴恵
黒四書 黒板 ブライアン トシモン
尻着 パンツ 藤村百合子
鳴緑虫 こおろぎ 八郷智之
動部屋 エレベーター 東田海人
電熱 ヒーター 石ヶ谷優子
月日紙 カレンダー 神代征典
電光 壊中電灯 松沢里絵
波乗板 サーフボード 中村雄人
緑飲水 お茶 西村美里
走輪靴 ローラーブレード 奥美咲井
白牛水 ミルク スマート ダニエル
甘麦粉 ケーキ 蘇ひかり
車食 ガソリン 鈴木啓介
日車 ソーラーカー 鈴木雄高
休寝 ベッド 山本結
穴開 ピンバイス 金井和也
見四角箱 テレビ 前沢和奈可
食卓布 テーブルクロス デイビス良未
電伝 電話 キング 笙
伝声 ラジオ 北村エイミ


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2000年9月号掲載
環境を守るために
小6 田居 美波

  私は今後、環境を守るために、水を大切にしようとおもいます。
   まず私は、歯みがきをしている時に水を出しっぱなしでみがいたり、シャワーにはいっている時に長い間入らないように気をつけようと思います。
   どうしてかというと、その時流していた水をためると、バケツ十杯分になるかもしれません。そうすれば、トイレのフラッシュの分がじゅうぶんあるとおもいます。
   こういうことから、私達が水をむだにしていることがわかりました。
   ほかにも、雨が降ったときに、お皿やバケツを置いて、水をためれば、ほかの事にも使えます。たとえば、家のなかの花にあげたり、小さな子が水遊びに使ったりできます。
   こうやって水を大切にしていると、いざとなった時に、たとえば、雨がふらなくなって、水がなくなってしまった場合に、とても楽に感じるかもしれません。

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2000年8 月号掲載
ぼくの犬
小3 大橋 礼

公園につれていくと、すごくよろこぶ、
あそんで、あそんで、くたびれるよ、
家にかえるとすぐにねる、
まだ子犬だからいたずらをするんだ、
でも大、大、大好きだ、
名まえはイーブイ、かわいいな!

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2000年7 月号掲載
今、夢中になっていること
中1 浅井 和佳奈

   今、私が夢中になっていることはジムです(GYMNASTICS)。夢中になっていると言っても、学校の体育での授業でたまにすることがあるだけです。けれど私は、本当は、ジムをすするのがとても好きです。
   小学二年生の初めの頃から小学二年生のおわり頃まで、学校の後、ジムをやっていました。今でもジムをするのが大好きで、学校での体育の授業でジムが出来る時は、大喜びです。 この前、ジムをして足をひねってしまった時、私はとても悲しくなりました。
  それは、足が直るまでジムは出来ないからです。一週間後、やっと足首が治ったと思ったら、もうジムは出来ませんでした。なぜならば、もうジムではなく、ハードリングをやらなくてはならなかったからです。ハードリングを始めた頃、足首はまだ痛みました。そして私は時々「またジムをやりたいな」と、思うのです。
   体育でジムをする時、私にはその時間がとても大切です。私は今でも、また本格的にジムをやりたいと思っています。

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2000年 6月号掲載
お手つだい
小1 前沢 豪祐

  きのうぼくは、おかあさんとにくじゃがをつくりました。さいしょにぼくは、いんげんのすじとりをしました。それから、じゃがいもをきりました。ナイフを右手にもって、じゃがいもを左手でおさえてきりました。つぎに、玉ねぎをきりました。そしておにくと玉ねぎとじゃがいもと人じんをなべにいれていためました。あとは、おかあさんがつくりました。夕ごはんに、みんなでたべました。みんなは、「おいしい」といいました。ぼくもおいしかったです。

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2000年 5月号掲載
希望
中3 笹谷 絵美

  いつもと変わらぬ憂うつな学校の帰り道、僕は聞きおぼえのある声にギクッとして後ろを振り向いた。僕の背後には3、4人同じクラスの男子がニヤニヤしながら立っていた。そして次の瞬間僕の体に激痛が走った。
   必死の思いでやっと家に辿り着いたときにはもう日が暮れかけていた。親が共働きしているため、家にかえっても「お帰り」の声がはない。
   いつ頃からだろうか、僕は気が弱くてとてもおとなしかったため、よくいじめられるようになった。死ぬほど辛い日々が続き、このままではいけないと親に相談しようと努力した。しかし2人共大変忙しく帰りが遅いため無理だった。担任の先生は僕のハキハキしない性格にうんざりし、愛想を尽かしていた。
   最後は友達だけが頼りだと、心許無い気持ちで相談しようとしたが、みんな僕と話すのを怖がっていて駄目だった。
   全く良い考えが思いつかず、毎日そんな最悪な学校生活を送っていた。学校を休むこともできず、死ぬ勇気もなくただ希望を失った真っ暗闇の人生を送っていた。
   珍しく親が早く帰って来た日、大ニュースが僕を待ち受けていた。「転勤」だ。大変嬉しいことに来月から父の仕事の都合で、愛媛県の田舎の学校に通うことになった。夢のようでしんじられなかった。
   急に決まった転勤で引っ越しが忙しく、あっという間に一ヶ月が過ぎた。そして僕は昨日から新しい学校に通い始めている。田舎の学校であるため、一クラスの人数が今まで住んでいた東京とはかなり違う。十名ほどのクラスメイトが暖かな拍手で僕を迎えてくれた。全員がとても仲が良く僕もすぐみんなと打ち解けることができた。
   こんな体験は今まで生きてきた中で初めてだった。けれど1つだけはっきりしたことがある。人生には希望があるのだ。

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2000年4 月号掲載
「手と心で読む」をよんで
小4 北村 エイミ

  わたしは「手と心で読む」でオーストラリアで目が見えない人のためのくふうがあるか調べました。駐車場ではからだのふじゆうな人のための駐車場があるとわかりました。わたしはからだがふじゆうなひとのために駐車場があるとわかってうれしかったです。
   つぎに、耳がきこえない人のために、もっとミスタービーンみたいなテレビばんぐみがあれば、耳がふじゆうな人がテレビが楽しめるからいいです。図書館でもっと目がふじゆうな人のために点字の本やテープがあったらいいとおもいます。
   わたしは、からだがふじゆうな人がこまりそうに見えたら、てつだいいるかどうかをきいて、なにかにぶつかりそうだったら、その人におしえて、てつだうことができます。

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2000年3 月号掲載
小1 たんどう 海

  日よう日にこうえんへファミリーでグレイハウンドのあつまりにいきました。 いぬとみんないっしょにさんぽをしました。
   うちにグレイハウンドがいます。デイーナというなまえです。 さんぽがつまんなかったあとちょっとたのしかった。

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2000年2 月号掲載
小2 竹井 かすみ

  きょうお母さんがピカチュウのバッグをくれた。だって日本語をしっかりならおうとしているから、だからくれたの。きにいっちゃった。もう土曜学校にもっていきたくなっちゃった。
   国語ノートとかん字ドリルとか、土曜学校でいるものをピカチュウのバッグにいれたけど、バッグが小さいからお母さんがだめだよって言ったからやめたけど、この夜は、あたしずっとしょってるの。だって土曜学校にもっていけないからしょってるの。

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2000年1 月号掲載
小1 いしばし はな

  あさおきたら、あしにいっぱいまめができていました。すごくいたくって、学校にいきたくありませんでした。
   でも、いかないといけませんでした。 プールにいったとき、あたらしいサンダルをはいたからです。 おかさんにも、できました
  

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1999年12 月号掲載
環境を守るために、ぼくができること
小5 ピーズ ジェイミー

   ぼくは、ゴミをゴミ箱に入れています。時々高校生が、ガムのふくろを道路に投げたり、大人がたばこを吸ったあと火をつけっぱなしで道路に投げるのを見たことがあります。もし、そこに何かの理由でガソリンがこぼれてたらすごくたいへんです。
   ノートとか紙を、むだにしたりすると木がなくなって、木がなくなると酸素がなくなっていきます。それは紙は木からできていて、木は二酸化炭素を吸って酸素をはきだすからです。
   近い所までは、車を乗らないで自転車をつかったり歩きましょう。それは、車に乗ると排気ガスがでるからです。それが、地球を囲んで暑さがでれなくなってしまいます。それが理由で、北
極の氷がとけてしまい、小さい国、例えば日本も海にしずんでしまいます。地球の発明で電気自動車ができました。  水も大切にしたほうがよいです。例えば、歯みがきしている時水道を止めたほうが水もお金も節約できます。電気も同じです。
   リサイクルを活用することもいいです。リサイクルをするとゴミが減るし、燃やす量が減ります。例えば、ペットボトルをクリームの入れものにつかったり、車のかわりにバスや電車にのったら渋滞もなくなるから会社や行先に早くたどりつきます。 ずーっとみんなでそうすればきっと地球は長持ちすると思います。
 

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1999年11 月号掲載
魚つり
小3 中村 瑞穂

  冬やすみの中で、いちばんおもしろかったことは魚つりです。おとうさんは、朝ごはん食べたら、行こうと言いました。朝ごはんを食べおわった時、じゅんびをしました。おとうさんは、パームビーチに行こうかと行ったので、車にのって行きました。パームビーチまではけっこうながかったです。
   パームビーチについて魚つりをはじめる時、大きいなみがきたのでびっくりしました。おとうさんは、一ばんはじめにかますという魚をつりました。ニばんにつった魚は、あじという黄色いしっぽの魚でした。おにいちゃんもいっしょにきて、へんな魚をつりました。黒い色の魚をつった時、口にひっかかってなくて、えらにひっかかっていたので、わたしたちはわらいました。
   つぎの魚は、またへんな魚でした。赤い色で、すごくきもちわるかったです。さいごにものすごい大きななみがきました。
   12時になったら昼ごはんにフィッシュエンドチップスとのみものを買いました。食べおわった時、また魚つりをやりました。わたしは、すなと遊んでいたら、また、ものすごい大きななみがかかってきて、わたしはびしょぬれになりました。パームビーチはすごくたのしかったです。

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1999年10 月号掲載
うさぎ
中2 塩澤 真由美

  ショッピングセンターの中に小さなペット店がある。いつもは犬や猫しかいないのに、その日は珍しくうさぎがいた。私は特別うさぎが好きというわけではなかったが、その魅力に負けてしまった。ネザーランドワーフという小型のうさぎで目がとてもきれいだった。丁度、私の誕生日が近かったので親に買ってもらった。名前はベルと決めた。
   うさぎはすごく敏感な反応をする。物音をたてると耳がピクッと動く。毎日おびえていてはかわいそうなので、なるべく静かに行動しているが、やはり気になってかごの中をのぞいたり、触ったりしてしまう。
   ペットを飼うと、話し相手が出来るし、可愛い仕草に心が和む。でも、うさぎにとってはきっと迷惑なのかもしれない。動物は飼うのが面倒くさいが、だからといっていさぎを飼っていることを決して後悔していない。私に慣れてくれるまで、まだ時間はかかるかも知れないけど、愛情を注いでいればきっとなれてくれると信じている。
   ベルは家族の一員としてずっと一緒に過ごしたいと思う。だから最後までちゃんと責任をもって育てたい。

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1999年9 月号掲載
バーベキューにいって
小2 中野 あいら

  今日は、松野と木下と、くぼたと、なお子と、すずきと、うちのかぞくで、マンリーダムでバーベキューをしました。子どもたちは、水のほうであそびました。そんしたらはなちゃんが水に入っちゃったし、ひろこちゃんは、おもらしいちゃいました。はなちゃんが「つめたくてきもちわるい」と言いました。だから「水のちかくであそぶのをやめようよ」とまりんちゃんが言いました。はなちゃんがぶらんこであそびたくて、ぶらんこであそぶことになりました。夕がたになるまでみんなでたのしくあそんでいました。またいきたいな。

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1999年8 月号掲載
僕の宝物
小6 榎本 慎豪

  僕の宝物は、エレキギターです。僕は、家の近くに住んでいるロバーツクリスとクリスの家族と小さい時から仲が良くて5才の時から今までずっと仲良くしています。クリスのお父さんは、ギターやベースをやります。そして僕にギターを教えてくれます。クリスはドラムをたたきます。僕はギターがないのでいつもクリスの家で借りていました。でも練習するのに自分の家に自分のギターが必要です。だから、欲しくて欲しくて、仕方がありませんでした。家のそうじや、芝刈りをしたり、家の手伝いをして、おこづかいを2年間ためました。そして何回もいろんな店に見に行きました。一番安く売ってい る店で買おうと思いました。お父さんとお母さんはずっと反対していました。それはギターが高いのと、音がうるさいから、となりの家に悪いからという理由からでした。でも一生けん命練習していたので、やっと「OK」がでました。
   そして去年の僕のたんじょう日プレゼントとクリスマスプレゼントをいっしょにしてエレキギターを買いました。学校が始まると1週間に1回しか練習できないけど、休みの時は、クリスの家で毎日練習をします。僕は、このエレキギターを一生大切にもっていようと思います。このギターは僕の宝物です。

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1999年7 月号掲載

小3 岩撫 まやか

   本はたのしいです。おもしろい本、こわい本、楽しい本、あといろんな本があります。でも、わたしがすきな本はゲームオーバーとか、なぞなぞとかがあるからです。わたしはいっぱい本を、もっています。もうしこしでぜんぶよみおわります。みんなまやかのへやは、としょかんだといいます。わたしは、本をもっているくまをもっています。
   本はすごくたのしいです。

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1999年6 月号掲載
妹の新しいつくえ
小4 浅野 由貴恵

   今日、わたしと妹とお母さんで、アイキアに行って妹のつくえを買いました。妹は、ずっと古くて小さいつくえを買ってもらってとってもよろこびました。妹があんまり幸せそうな顏をしていたので、わたしまでとてもうれしくなりました。

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シドニー日本語土曜学校